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ああ、無情。
作:みあ



第二十七話


 一夜明けて、再び竜王の城へ。 
 相変わらず魔物の気配の無い地下道を歩きながら、俺は姫に尋ねた。 
 
「そういえば、姫はどうやってさらわれたんですか?」 
 
 常々疑問に思っていた。 
 正直言って、彼女の強さは並じゃない。 
 なにせ、元魔王であるシアちゃんと互角に戦うほどなのだ。 
 よほどの数の魔物で襲撃をかけたとしか思えない。 
 けれど、城下町に住んでいた俺は、そんな派手な戦いの覚えが無い。 
 それにオッサンいわく、何時の間にかいなくなっていたらしい。 
 そして、部屋には竜王からの手紙が残されていたのだそうだ。 
 
「私も、その瞬間は覚えておりません。ただ―――」 
 
 気付いたときには、既に巨大な漆黒のドラゴンにつかまれて、空を飛んでいたらしい。 
 けれど、さすが姫というべきか、果敢にも攻撃を仕掛けたそうだ。 
 
「武器になるような物は、何一つ持っておらず、幾度か雷撃の呪文を放ったのですが―――」 
 
 目に見える効果が表れないうちに、呪文の使いすぎで気を失い、気付いたときにはあの部屋に閉じこめられていたとの事。 
 姫が気を失うほどの、ライデインの連発に耐える魔物。 
 そんな奴がいるとは思えないが、姫がわざわざ嘘をつく必要は無いだろう。 
 
「おそらく、ソレは竜王であろうな」 
 
 シアちゃんの言葉に、俺は絶句する。 
 今から、その竜王と戦いに行くのだ。 
 正直、逃げ出したい気分だった。 

 
 やがて、死神の騎士が死闘を繰り広げた広間へと辿りつく。 
 昨日の事を思い出すたび、背筋に悪寒が走る。 
 さっさと通り抜けようとした俺達の前に、鎧姿の魔物が立ちはだかった。 
 
「ここは通さぬ!」 
 
 声は死神の騎士に酷似しているが、余りの変わりように涙がこみ上げて来そうになる。 
 
「その姿をしておると、初めて会った頃を思い出すのう、サイモン?」 
 
 シアちゃんが、目の前で通せんぼをする『さまようよろい』に話し掛ける。 
 サイモンが本名らしい。 
 
「くっ、貴様等のせいで元の身体に戻ってしまったのだ! どうしてくれる?!」 
 
 コイツも、さすがに一晩でパワーアップは出来なかったようだ。 
 しかし、昨日あれだけの目に遭いながら、再び彼女達の前に立ちはだかるその姿にある種の感動を覚えた俺は、ある提案を持ちかけた。 
 
「なあ、ここらで停戦というわけにはいかないか?」 
 
「あるじ、何を言っておる?」 
 
「勇者さま?」 
 
 突然の俺の申し出に目を白黒させる2人。 
 まあ、シアちゃんの目は紅白なんだが。 
 
「そのような事が信じられると思うのか?」 
 
 当然、奴の口からも真偽を問う言葉が発せられる。 
 何となくとはいえ、口に出してしまったからにはもう後には引けない。 
 竜王の側近であるコイツをこちら側に引き入れることが出来れば、竜王と戦わなくても済むかもしれない。 
 そんな打算が俺の思考を推し進める。 
 
「そもそも俺達が竜王を倒すはめになったのは、姫をさらったからだ。そして、事態を重く見たオッサ……国王が、勇者である俺を呼び寄せた」 
 
 ここまではわかるな、と皆の顔を見回す。 
 そして、理解が広がるのを確認して続きを話す。 
 
「姫を無事に取り戻した今、竜王がこれ以上何もしないと約束するなら、俺達が戦う理由は無い」 
 
「相変わらず、おぬしは甘いのう」 
 
 話し終わった俺に、シアちゃんがそう声を掛けてくる。 
 
「甘いのは嫌か?」 
 
 問いかける俺に、シアちゃんは微笑む。 
 
「嫌ではない。そういうおぬしじゃからこそ、わらわもここにおるのじゃ」 
 
 シアちゃんも元々は魔物退治の依頼を受けて知り合ったんだったな。 
 今の竜王とほぼ同じ立場だったわけだ。 
 当然、賛成に回ってくれる。 
 
「私は、勇者さまのお考えに口を挟むつもりはございません。ただし、絶対に、未来永劫、悪事を働かないと約束してもらいます」 
 
 さらわれた当事者である姫が賛成してくれるとは思わなかった。 
 でも、心の底から賛成しているわけではないようだ。 
 ギュッと握られた拳が、言葉に秘められた感情を表している。 
 俺は彼女の手を取り、その拳を両手で包む。 
 
「ありがとう、姫」 
 
 俺の手の中で、姫の拳はゆっくりと解け、互いの手のひらを合わせる格好になる。 
  
「……こちらこそ、ありがとうございます、勇者さま」 
 
 小さな声でそんな言葉が聞こえた。 
 俺は、小さくうなずいて手を離した。 
 
 サイモンが俺達の姿に何を見たかはわからない。 
 だが、扉を開き、自分の後をついて来いと言う。 
 どこに行くのかと問う俺に、こう言った。 
 
「そういう事なら適任者がいる。今は、竜王様の命により幽閉されているが、あのお方なら、貴様等の力になれるやもしれん」 
 
 幽閉やあのお方など、気になる単語もあったが、会えばわかると思い、おとなしくついて行くことにした。 
 やがて、壁にいくつもの扉が並ぶ通路にやって来た。 
 その一番奥の扉の前に立ち、おもむろに扉を叩く。 
 
「若様、客人を連れて参りました」 
 
 若様? 一体、何者だ?  
 
「入れ」 
 
 若い男の声で返事がする。 
 サイモンが扉を開けると、部屋の中には、椅子に座ったままの青年がいた。 
 
「こちらは、竜王様のご子息、リバスト様だ。粗相のないようにせよ」 
 
「ようこそ、ご客人。何も無い所だが、ゆっくりされるが良い」 
 
 柔らかな微笑で客を迎え入れる青年の正体に、俺達は言葉を失った。 

 
「その節は、本当に迷惑を掛けた。父に代わり、私が謝罪する。どうか赦して欲しい」 
 
 自己紹介が終わり、リバストが姫に向かって頭を下げている。 
 さすがに、面と向かって謝られるのは予想していなかったらしく、珍しく慌てた様子を見せる姫。 
 俺とシアちゃんは、皇子自らが入れてくれたお茶を飲みながら、それを眺めている。 
 
「なんか、シアちゃんやリバストやサイモンを見てると、魔物に対するイメージが変わるよなあ」 
 
「どういう意味じゃ?」 
 
 アレと一緒にするなと、不機嫌な声で言う。 
 
「いや、悪い意味じゃなくてさ。どこか人間臭いというか」 
 
 俺の言葉に、意外な所から答えが返ってくる。 
 
「それは仕方あるまい。我とアリシアは元々は人間であったし、若様にも半分は人間の血が流れておるのだからな」 
 
「だから、貴様と一緒にするなと言っておろうが!」 
 
 サイモンの言葉に反論するシアちゃん。 
 だが、それよりも気になる言葉があった。 
 
「じゃあ、リバストの母親って……」 
 
「いかにも。私の母は、正真正銘の人間だ」 
 
 謝罪は終わったのだろう。 
 リバストが姫の手をとり、歩いてくる。 
 椅子を引き、姫を座らせると、自分も手近な椅子に座り、話し始める。 
 優雅な所作を見せるリバストに、少々腹立たしいものを感じながらも、その話を聞くことにした。 
 
「私の母は、優れた戦士だった。そして、自分の腕を試すために、竜王に戦いを挑んだ」 
 
 物語としてはよく聞く話だ。 
 そして、恋におち、子どもが生まれた。 
 それにしても、この国の女性というのは、強いのが当たり前なのだろうか? 
 そのわりには、女性の兵士に出会った事は無いのだが。 
 
「お母様は、今?」 
 
 姫の問い掛けに、リバストは首を振る。 
 
「死んだ。もう、3年も前のことだ」 
 
 謝る姫に、気にすることは無いと笑う皇子。 
 そして、俺たちに問いかける。 
  
「停戦の意思があるというのは、本当なのか?」 
 
「ああ」 
 
 根拠は無いが、力強くうなずく俺。 
 しばし見つめ合い、皇子は口を開いた。 
 
「ならば、条件がある」 
 
 思わず身を乗り出す俺に、青年は静かに告げた。 
 
「年上の綺麗なお姉さんを紹介してくれ」 
 
「わかった」 
 
 間髪入れずに了承した俺達を、激しい炎が包み込んだ。 

 
「ごめんなさい。調子に乗ってました」 
 
 声を揃えて土下座する、俺とリバスト。 
 そんな俺達を冷ややかに見下ろす、シアちゃんと姫。 
 サイモンは、惨劇の一夜を思い出したのか、頭を抱えてガタガタと震えている。 
 
「それで、最期に言い残すことはあるか?」 
 
 その言葉におそるおそる手を挙げる、竜王の息子リバスト18才。 
 
「何じゃ?」 
 
「巨乳万歳」 
 
 再び炎に包まれた、我が同志。 
 スゲーよ、今のお前は輝いてるぞ、友よ。 
 女性の好みは相容れないが、お前の生き方は俺に道を指し示してくれた。 
 その漢気に俺も殉じるとしよう。 
 そして、まっすぐに手を挙げる、俺・勇者20才。 
 
「勇者さまも何か?」 
 
「ふくらみかけ最高」 
 
 室内に雷鳴が轟いた。 

 
 すっかり仲良くなった俺とリバストは意気投合し、四方山話に花を咲かせる。 
 女性陣の相手は、サイモンに任せた。 
 ぎすぎすした雰囲気に、時折泣きそうな表情で助けを求めてくるが、完全無視。 
 
「悲しい事に、この城に居る限り女性との出会いなど、全く無いのだ」 
 
 そりゃそーだろーな。 
 いるのは、マニアな鎧騎士とドラゴンだけだもんな。 
 普通の女性がここまで来ることは、まずありえない。 
 普通じゃない女性なら、来る可能性はあるかもしれないが。 
 そう思いながら、気分を損ねてしまった愛する少女達を見やる。 
 
「何か?」「何じゃ?」 
 
「いや、怒ってる顔も可愛いなと思って」 
 
 カップが2つ飛んでくる。 
 甘んじてそれを顔面で受け止めると、派手に流血する。 
 
「大丈夫なのか?」 
 
「ああ、俺は2人の事を、心の底から愛してるから」 
 
 俺の言葉に、2人はあからさまに動揺する。 
 
「そ、そのような事を人前で言うなとあれほど……」 
 
「勇者さまが、私のことを愛してる、だなんて……」 
 
 すかさず真っ白な光が俺を癒し、ハンカチが投げ付けられる。 
 その様子を眺めていたリバストは、溜息を吐いた。 
 
「女性と付き合うのも、なかなか大変なものなのだな」 
 
「人によると思うぞ」 
 
 どちらか片方だけなら楽だったかもしれないが、2人とも愛してしまったんだから仕方が無い。 
 
「本当に、年上で、包容力のある、綺麗なお姉さんを紹介してくれるのか?」 
 
 何気に一つ項目が増えているが、問題は無いだろう。 
 俺は、呪文屋のお姉さんを頭の中に思い描いた。 
 年上なのは、間違いない。(自称23才だ) 
 包容力もあると言えなくも無い。(15ゴールドで全コースを受けさせてくれた) 
 一応、綺麗の部類には入るだろう。(せめて、後10才若ければ) 
 
「約束は守る。ただ、巨乳じゃないぞ」 
 
「……その辺りは、妥協しよう」 
 
 契約が成立した。 

 
「母が死んでしばらく経った頃、父の様子がおかしくなった」 
 
 最初は、愛する者を失った衝撃が大きかったせいだと思った。 
 だが、だんだん理性を失い、粗暴な態度が表れ始め、配下の魔物達は次々と去っていったのだそうだ。 
 ここまでに魔物がいなかったのは、そのせいらしい。 
 そして、あるとき事件が起こった。 
 竜王による、姫の誘拐事件のことだ。 
 夕暮れ時に飛び去った竜王は、戻った時には一人の女性を連れていた。 
 だが、竜王はその時既に、事切れていたのだと言う。 
 
 俺達は思わず顔を見合わせた。 
 姫のライデインは効いていたのだ。 
 そして、それは竜王の命を奪っていた。 
 まさに、衝撃の事実の発覚であった。 
 
「あの時、確かに父は死んでいた。だが、王女をあの部屋に閉じ込めて戻ってくると、死んだはずの父が居た」 
 
「では、あの玉座におられる竜王様は何者だと言うんです?!」 
 
 突然の告白に恐慌状態に陥ったサイモンがリバストに詰め寄る。 
 というか、姫をあそこに監禁したのはお前か、リバスト。 
 
「少なくとも、父ではない。別の何かだ」  
 
 そして、俺達は依頼された。 
 
「父の姿を奪った魔物を倒すのを手伝って欲しい」と。 
 
 事態は思わぬ方向に進み始めていた。 












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