第二十五話
竜王の城へと至る道を歩きながら、ふと考える。
こんな所に住んでいて、生活が成り立つのだろうか、と。
王様って事は、身の回りの世話をする侍女とかがいるんだろう。
あのオッサンにすら、侍女が付いていた。
初めて見たときは、てっきり愛人かと思って聞いてみたら、女性には泣かれるし、オッサンには斬り殺されるしで、最悪だった。
竜の王様だし、やっぱりドラゴンがやってんだろうな。
そんな事を考えていたら、いつの間にか2人との距離が離れていることに気付いた。
俺は、2人に追いつこうと走り出した。
「おお、勇者よ! 死んでしまうとは、情けない!」
あれ? 何でここにいるんだ?
「なあ、オッサン。俺、何で死んだんだ?」
「わしが知るわけが無かろうが」
そりゃそーだ。
ひょっとして、魔物の不意打ちでも受けたのか?
それなら、こうしてはいられない!
急いで、戻らないと!
「じゃあ、俺行くから!」
走り出そうとする俺を、オッサンが呼び止める。
「勇者よ、一つだけ教えてくれんか?」
「なんだよ!」
焦って、つい声を荒げてしまった俺に、オッサンが静かに問いかけて来る。
「それは、おぬしの趣味か?」
それ?
オッサンの指先を辿ると、俺の首元を指している。
手をやると、何やら革の感触。
……しまった、首輪を外し忘れていた。
「あ、いや、これは、事情があってな」
「以前にも着けておったな」
ああ、そういえば、パルプンテで死んだときも、コレ着けてたっけ。
「あはははは、ま、まあ良いじゃないか」
急いで外そうとするが、焦ってなかなか外れない。
仕方ない。オッサンに外してもらうか。
「悪い、外してくれ」
「わしは一応、この国の王じゃぞ。……まったく」
文句を言いながらも、オッサンは玉座から降りてくる。
俺は、外しやすいように、中腰の体勢になって、顔を上に向ける。
「む、むう、金具が曲がっておって、なかなかに手強い」
苦戦しているようだ。
「もう少し、下げたほうがいいか?」
そう言って、少し腰を落とした時、背後で扉が開く音がした。
「王様、ご報告したい事が………?! そんな、ひどい……。僕というものがありながら、王様と……。失礼します!!」
一方的に、それだけを告げると、門番は走り去っていった。
何のことだ?
オッサンとしばし顔を見合わせる。
状況を整理してみよう。
ひざまずく俺と、その前に立つオッサン。
俺は首輪をして顔を見上げている。
オッサンはその首輪を持って、俺を見下ろしている。
これは、もしかすると……?
「ちょっと待て!!」
何を勘違いしてるのかは知らんが、それは大きな間違いだ!
ふと、オッサンを見ると、剣を抜いている。
「何をする気だ!?」
「……口封じをせねばならん」
口封じって、姫と同じ発想かよ?!
……やっぱり、親子なんだな。
しみじみそう思っていると、オッサンは抜き身の剣をこちらに向ける。
えーと、なんで?
「何を怖がっている? そもそもの元凶を外してやろうとしているのだぞ」
言いながら、オッサンは首輪に手を掛けて、隙間に剣を挿し込もうとする。
「待て待て待て待て! オッサン、それ、両刃!」
俺の抵抗もむなしく、オッサンは、よりにもよって首の左側に剣を挿し込み、捻る。
「げふ」
一瞬、首が絞まったかと思うと、解放される。
と、何かが噴き出す感覚と同時に身体の力が抜ける。
「おお、スマンスマン。つい、斬ってしまった」
斬ってしまった、じゃねーよ! ぜってー、ワザとだ!
意識が暗くなると、すぐにクリアになる。
「おお、勇者よ。死んでしまうとは、情けない」
「普通、頚動脈斬られりゃ死ぬわ!」
しかも、やったのはアンタだ!
だが、オッサンは悪びれることなく、扉へと歩き出す。
「そのような瑣末なことなど、どうでも良い」
人を斬り殺しておいて、瑣末とか言うな!
口を開こうとした俺の首に、冷たい感触が押し当てられる。
「瑣末なこと……だな?」
満面の笑みで静かに恫喝するオッサンに、俺はうなずくことしか出来ない。
仕方なく付いていくと、向こうから侍女が歩いてくる。
「あの娘に聞いてみたら?」
俺の提案に賛同すると、さすがに、剣をおさめて話しかける。
それでも、鬼気迫るオッサンの様子に、侍女は怯えているようだ。
話をぼかして、門番の行方を聞くと、一枚の手紙を差し出してくる。
『一身上の都合で、退職します 門番』
署名も、門番でいいのか、オイ。
「くっくっく、わしから逃げられると思っておるのか?」
オッサンは、にやりと笑い、再び剣を抜くと、駆け出していった。
この国は大丈夫なんだろうか?
それは、とても不安にさせる光景だった。
今更、噂の一つや二つ増えた所で痛くも痒くもない。
第一、あの門番がいなくなるのは、俺としても万々歳だ。
後の始末をオッサンに任せて、俺はルーラを唱えた。
そして、俺が死んだ原因には、竜王の城の上空で気付いた。
城の周りが毒の沼地で覆われている。
姫から離れたせいで、ロトの鎧の浄化作用から外れてしまったらしい。
その姫が、地表で手を振っている。
隣には、同じように見上げているシアちゃんの姿。
なぜだろう? 睨まれているような気がする。
「ゴメン、いつの間にか死んでた」
地表に降りて、開口一番、俺は謝った。
「あれほど、離れるなと言うたであろうが」
「次は、気をつけてくださいね」
気のせいではなかったようだ。
シアちゃんが、これ以上無いってほど、睨んでくる。
でも、俺としては、姫の方が怖い。
なにせ、笑顔なのだ。
さっきのオッサンの様子を見る限り、この親子は笑顔の方が恐ろしい。
後ろめたい事があるせいかも知れないが。
俺は、海の向こうの王城を眺めながら、あの門番の冥福を祈った。
改めて、竜王の城を見上げる。
結構、大きいな。
やっぱり、最後のボスなんだから、最上階にいるんだろう。
そう思った俺は、思いついたことを口に出してみた。
「なあ、シアちゃん」
「なんじゃ?」
「ここから、ありったけの攻撃呪文を撃ち込んだら、中に入らなくてもいいんじゃない?」
さすがに、竜王が瓦礫に埋まったくらいで死ぬとは思えないが、配下の魔物と戦う必要が無くなるのではないかと思ったのだ。
だが、彼女の反応は芳しくなかった。
「大魔王の時と状況が変わってなければ、奴の居城は地下深くにあろう」
地下の方かよ、面倒くせー。
「さあ、私たちの未来のために、行きましょう、おふたりとも」
姫だけは、妙に前向きだった。
けれど、シアちゃんの顔は緊張に強張っている。
「どうしたの?」
「……何か、嫌な予感がするのじゃ」
そう呟くシアちゃんの手を握る。
「?」
「俺達は強い、だろ?」
俺の言葉にようやく微笑を見せる。
「ふふっ、そうじゃったの」
俺達は、城の中へと足を踏み入れた。
城の中なのに、所々、地面が剥き出しになっている。
何も知らずに入っていたら、ただの廃城だと勘違いしたかもしれない。
先に進むと、青い光の壁があった。
「何だ、コレ?」
触れようとすると、後ろから引っ張られる。
「触ると、死ぬぞ」
シアちゃんがそんな事を言う。
半信半疑の俺を見かねたのか、地面に落ちていた小石を投げ込む。
触れるか触れないかの所で、激しい火花が散って、小石が消滅する。
「うおっ! こんなもん、どうやって通るんだ?!」
「私は、大丈夫みたいですよ」
姫が、壁の中に手を突っ込んでいる。
これも、ロトの鎧の効果のようだが、もしもの事を考えたりはしないんだろうか。
と、シアちゃんが呪文を唱え始める。
「トラマナ!」
俺達の身体を、青い光の膜が覆う。
「これで、問題あるまい」
言われた通り、手を触れてみる。
壁のように見えるが、抵抗があるわけでもない。
なにか、不思議な感じだ。
中に入るが、別段変わったことも無い。
視界が真っ青になるんじゃないかと、密かに期待していたんだが。
さらに先に進むと、玉座があった。
シアちゃんは、その後ろに回りこむと、俺のひのきの棒で地面を叩き始める。
しばらくそれを見ていると、ある事に気付いた。
明らかに、ある一点だけ音が響くのだ。
地面を探ると、繋ぎ目がある。
隙間に指を引っ掛け、思い切り持ち上げた。
すると、地下へと続く階段が現われた。
「この先が、竜王の居城か」
「中は、意外と明るいんですね」
なにか、魔法的なものでも施されているのだろうか、天井が淡く光っている。
さすがに、真昼の様とまでは行かないが、朝日が昇る直前くらいの明るさだ。
目が慣れてくれば、問題は無い。
「あの頃と、さほど変化は無いの。強いて言えば、昔はもう少し明るかったようにも思う」
シアちゃんの言葉に、ご先祖さまに思いをはせる。
いったい、どんな思いでココを通ったのだろうかと。
打算だったのか、使命感だったのか。
シアちゃんの話を聞いていると、前者だったとしか思えないが。
いくつかの階段を下り、地下深くへと潜って行く。
なぜか、ここまでに魔物に出会うことは無かった。
通路は大きく、ドラゴンが通っても問題ないほどだ。
けれど、待ち伏せも何も無かった。
そのうち、ちょっとした広間へと辿りつく。
「ふはははははは! よくぞ、ここまで辿りついたものだな、勇者よ!」
この狭い空間で、その大声は凶器だった。
思わず、耳を塞いでうずくまる。
「うるさいわ!」
シアちゃんが、条件反射で炎を放つ。
メラゾーマが声を出した対象を炎で包み込む。
「やったか!?」
無意識に声を上げる。
しかし、炎が収まった先には、先ほどと変わらない奴の姿。
「くくく、そのような炎が、この死神の騎士に効くとでも思ったのか?」
姿を現したのは、巨大な鎧姿の魔物。
死神の騎士と名乗ったそいつは、悪魔の騎士に酷似していた。
「悪魔の騎士か?」
俺の呟きに、奴が反応する。
「違う! 死神の騎士だ!」
「どこがどう違うんだよ」
「勇者さま、良く見て下さい。赤くなってます」
確かに、赤くなっている。
でも、この薄闇の中では赤も黒も区別がつかない。
「そんなもん、わかるか!」
「おのれ、勇者め。我が強さを見て、驚くがいいわ!」
今、戦いの火蓋が切って落とされた。
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