ああ、無情。(15/32)PDFで表示縦書き表示RDF


ああ、無情。
作:みあ



第十五話


 こういう場合、王道ってのがあるよな。 
 仲間を助けて、最後に勇者が止めを刺すとか。 
 せっかく勇者になったんだから、少しはそういう役回りが欲しいもんだ。 
 なんか、こう、勇者ってのが軽く扱われてる気がする。 
 勇者ロトってのは、どんな奴だったんだろう。 
 ご先祖様のせい、ってことは無いよな? 

 
 城に戻った俺を待っていたのは、かつてない喧騒だった。 
 
「すまんが勇者よ。お主の相手をしている暇はない。とっとと出て行け」 
 
 ちょっと待て。 
 勇者よりも大事な事って何だ? 
 そんな問いに、オッサンは答えた。 
 
「わしの大事なパトリシアが賊にさらわれてしまったのじゃ」 
 
 パトリシア? 
 姫の他に娘がいたとは聞いてないぞ。 
 だが、それ以上は聞き出せず、城を追い出されてしまった。 
 
「勇者様!」 
 
 門番が駆け寄ってくる。 
 
「一体、何が起こったんだ?」 
 
「パトリシアがさらわれたんです」 
 
 いや、だから、パトリシアってのは、誰だ? 
 
「馬ですよ。馬。国一番の駿馬で、王様の愛馬なんです。番をしていた者が背後から殴られて、気付いた時にはいなくなっていたそうです」 
 
 馬……。 
 ああ、なんかどこかで見た気がする。 
 というか、俺、さっきまで犯人と一緒にいたかもしれない。 
 
「なあ、それって、白い馬か?」 
 
「ええ、そうです! どこかで見たんですか?」 
 
「いや、王様が乗るって言うんだから、そんな色かな、と」 
 
 神様すみません、俺は嘘をつきました。  
 
「……そうですか」 
 
 俺の答えを聞いて、門番はうなだれてしまった。 
 仕方ない、一声掛けてやるか。 
 
「まあ、なんだ、その、頑張れよ。そのうちひょっこりと帰ってくるさ」  
 
「勇者様……、僕みたいな門番にそんな優しい言葉を掛けてくださるなんて」 
 
 ヤバイ、またフラグ立てちまった。 
 俺は急いで城門から離れると、ルーラを唱えた。 
  
「あっ、お待ちください。勇者様!」 
 
 俺を引き止める声から逃れるため。 
 そして、戦場で待つ愛する少女達のために。 

 
 上空から見た廃墟は正に戦場だった。 
 悪魔の騎士を中心に、建造物が吹き飛んでいる。 
 シアちゃんを庇いながらの戦いは苦戦を強いられているようだ。 
 と、姫が奴の剣で吹き飛ばされた。 
 途端に無防備になるシアちゃん。 
 だんだん地上に近付いていく俺。 
 彼女の前に颯爽と降り立ち、奴にいかづちの杖を叩き込む……つもりだった。 
 奴が一歩前に出なければ。 
 
「うわっ! 馬鹿っ! どけ!」 
 
 荒野に衝撃音が響き渡った。 
  
 勇者は、悪魔の騎士に30のダメージを与えた。 
 
 勇者は60のダメージを受けた。 
 
 勇者は死んでしまった! 

 
「……おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない」 
 
 オッサンに睨まれた俺は、すごすごと城を出た。 
 すると、門番が走り寄ってくる。 
 
「勇者様、これを」 
 
 手渡されたのは、妙なデザインの帽子だった。 
 
「これは、昔、父が手に入れたものです。たしか、山彦がどうとか。きっと勇者様のお役に立つはずです」 
 
 早速、かぶってみた。 
 おお、ピッタリだ。 
 どうやら、魔法使いの装備らしいな。 
 俺は、門番に礼を言い、再びルーラを唱えた。 
 
「それを僕だと思って、大事にしてくださいね」 
 
 思わず投げ捨てたくなったが、必死で我慢することに成功した。 

 
 再び、上空にいる。 
 先程と状況は変わっていない。 
 いや、どこか奴の様子がおかしい。 
 どうやら、さっきの衝撃で鎧の間接部分に支障が起きたらしい。 
 幾分、威力が落ちたのだろう。 
 あれほどの巨体の一撃を、姫が剣で受け止めている。 
 さらに、剣を弾き、奴の腹に斬り付ける。 
 いくらかのダメージを与えたようだが、倒すには至ってない。 
 俺は、その隙にシアちゃんと奴の間に降り立った。 
 
「俺が止めを刺してやる」 
 
 奴の腹には亀裂が入り、もう一度攻撃を加えれば倒せそうだ。 
 
「あるじ!」 
 
「勇者さま!」 
 
 姫が、シアちゃんを抱えて後ろに下がる。 
 
 俺は、いかづちの杖を奴に向けた。 
 
「これで、終わりだ」 
 
 勇者の攻撃…………の前に。 
 
 山彦の帽子の効果で、再びルーラが発動した。 
 
「へ?」 
 
 物凄いスピードで奴が迫ってくる。 
 否、迫っているのは俺の方だ。 
 気付いた時には遅かった。 
 奴に止めを刺す事をイメージしていたためだろう。 
 俺はルーラの効果で、奴に向かって頭から突っ込んでいた。 
 再び、荒野に衝撃音が響き渡った。 
 
 悪魔の騎士に30のダメージを与えた。 
 
 勇者は16のダメージを受けた。 
 
 悪魔の騎士を倒した。 
 
 奴の鎧がもろくなっていたおかげだろうか。 
 それともこの帽子のおかげで守備力が上がっていたからだろうか。 
 俺は辛うじて死なずに済んだ。 
 
「あー、視界が真っ赤だ」 
 
 正直に言おう。 
 俺は、死んだことは多いが、瀕死の重傷は初めてだ。 
 姫が慌てて駆け寄ってきて、ベホイミをかけてくれる。 
 
「死なないでください! 勇者さま!」 
 
 いや、ぶっちゃけ、死んだ方がマシ。 
 すぐ元通りになるし。 
 
「……あるじ、お約束よのう」 
 
 シアちゃんの言葉がとても痛かった。 

 
 やっと立ち直った俺は奴の残骸へと近付いた。 
 その時、鎧の裂け目から黒い霧が吹き出した。 
 黒い霧は、空中にわだかまり、顔のような物を形成した。 
 
「ふふふ、さすが勇者という所か。まさか我が敗れるとは思いもよらなかった」 
 
 いや、あれは事故だろう。 
 正直、攻撃なんて1回もしてないし。  
 
「ルーラにあのような使い方があったとはな。さすが、あるじじゃ。長いこと生きたわらわでも到底思いつかなんだ」 
 
 シアちゃん、バカにしてるだろ、それ。 
 
「勇者さまは、常人とは頭の出来が違うんです!」 
 
 姫、それ、フォローになってませんから。 
 俺は、居たたまれない気分になった。 
 だが、奴はお構いなしに言葉を紡ぐ。 
 
「だが、アリシアよ。貴様と決着がついた訳ではない。我は竜王様の城で待っている。その時こそ、剣と魔法のどちらが強いか、決着をつけるときぞ! では、さらばだ!」 
 
 ちょっと待て、今、聞き捨てならないことを言ったな。 
 剣と魔法のどちらが強いか? 
 
「こら! 説明して行け!」 
 
 奴は、言うだけ言って、北東の空へと飛び去った。 
 
 仕方ない。 
 もう一人を尋問することにしよう。 
 俺は、姫に目配せをする。 
 それだけで理解したのだろう。 
 そばにいたシアちゃんを羽交い絞めにする。 
 
「こ、こら、何をするんじゃ!」 
 
「何って、ドキドキ尋問ターイム!」 
 
 俺は、道具入れからキメラの羽を取り出した。 

 
 シアちゃんは、身悶えている。 
 さすがに、300年生きた魔法使いも、呪文を封じられたうえに、くすぐり攻撃はきつかったらしい。 
 
「まず、シアちゃんが何処の誰なのかをはっきりしてほしい」 
 
 俺の問いに、始めは躊躇していたが、目の前で羽をちらつかせると、重い口を開いた。 
 
「わらわは、アリアハン王家に連なる貴族の娘じゃ」 
 
「アリアハン?」 
 
「勇者ロトの生まれ故郷ですわ」 
 
 姫が教えてくれる。 
 えっ? それじゃあ、シアちゃんって。 
 
「わらわは、勇者ロト、いや、アルスと共に魔王を倒した仲間の一人じゃ」 
 
 アルス、それがご先祖様の名前。 
 そして、シアちゃんの大切な人、か。 
  
 そこから先は、いつぞや聞いた話と同じだった。 
 魔王になってしまった魔法使いの話。 
 それが、シアちゃんの事だったらしい。 
 
「これを聞けば、きっとお主はわらわから離れていくじゃろう。そう思うと、話せなんだ」 
 
 そう言って、シアちゃんは涙を流す。 
 
「シアちゃん」 
 
 名前を呼ぶと、彼女は顔を上げた。 
 
「あの時に言ったろ。シアちゃんとずっと一緒にいるって」 
 
「私も、アリシアさまの義妹ですもの。私達は、もう家族ですわ」 
 
「お主等……」 
 
 シアちゃんは、声を上げて泣いた。 
 母親を見つけた迷子のように。 
 もう、彼女は孤独じゃない。 
 俺たちがそばにいるから。 
 
 シアちゃんが落ち着くのを待ちながら、俺は辺りを探索した。 
 何か、こう、引っ掛かるモノがあるのだ。 
 まるで、心に呼びかけてくるかのような、妙な感じ。 
 聞けば、姫にもそんな感覚があるそうだ。 
 そして、俺は見つけた。 
 奴の鎧の残骸の下に、何かが埋もれているのを。 
 
 シアちゃんを呼んで、それを一枚ずつ広げた。 
 うわ、なんだ? このえらく表面積の少ない水着は? 
 
「それは、あぶないみずぎじゃ」 
 
「商品名?」 
 
「商品名じゃ」 
 
 ひとつひとつ、シアちゃんが解説してくれる。 
 あぶないみずぎに、魔法のビキニ、踊り子の服にエッチな下着。 
 さらに、天使のレオタードに、シルクのビスチェ。 
 どうも、悪魔の騎士のコレクションらしい。 
 こんなモンを鎧の中に入れて戦ってたのか、コイツは。 
 
「そういえば、シアちゃんに着せようとしてたのは?」 
 
 そう聞くと、嫌そうに答える。 
 
「あれは、魔法のメイド服じゃ。あるじが燃してくれたおかげで助かった。もう、あれを着るような事態にはなるまい」 
 
 魔法のメイド服か……、ひょっとして、高いんじゃないか? 
  
「そうじゃな、着る者に応じてサイズを変えるという代物じゃ。好事家に売れば、一万ゴールドは下るまい」 
 
 なんだと!? ……惜しいことをした。 
 まあ、他の物を売れば、それなりの値段にはなるだろう。 
 それで、妥協する事にした。 

 
「あの、勇者さま。あの感覚の元なんですけど、ここから何か感じます」 
 
 姫が街のはずれの大木の根元を指し示す。 
 俺が、アレに引っ掛かっている間に、ずっと探していたらしい。 
 地面を掘ると、大きな木箱があった。 
 中には、立派な装飾の施された、蒼い鎧がおさめられていた。 
 
「まさか?! 光の鎧か?」 
 
 シアちゃんが叫ぶ。 
 光の鎧? 
 
「ひょっとして、勇者ロトの鎧、ですか?」 
 
「そうじゃ」 
 
 これが、ご先祖さまの着てた鎧か。 
 ちょっと着てみるか。 
 
 姫に手伝ってもらって、やっとこさ身につける。 
 うおっ!? 
 ぶかぶかだったのに、しっくりくるサイズになったぞ。 
 
「精霊ルビスの力を宿しておるからの。選ばれし者ならば、丁度良いサイズになるじゃろう」 
 
「サイズは良いんだけどさ、やっぱり、俺には重過ぎるわ」 
 
 またもや、姫に手伝ってもらってやっとこさ脱ぐ。 
 
「次は、王女の番じゃな」 
 
「うん、姫が着けるのが良いと思う」 
 
 姫は、身に着けている鋼の鎧の止め具を外し、そっと地面に置いた。 
 そして、ロトの鎧を手に取ると、一人で身に着け始める。 
 ……俺の時は二人がかりだったんですけど。 
 
「まあ! とても素晴らしい物ですわ」 
 
 ロトの鎧を身に着けた姫は、とても凛々しかった。 
 姫の華奢な身体にもぴったりと合っていた。 
 
「着心地はどうじゃ?」 
 
「とても軽くて、動きやすいですわ」 
 
 前に着けていた鋼の鎧よりも金属部分が多いのだが、そう感じられるということは、姫が鎧の持ち主に相応しいという事なのだろう。 
 ますます、俺の立場がなくなってくる。 
 まあ、なるようになるか。 
 俺達は廃墟の街を後にした。 

 
「そういえば、姫?」 
 
「どうなされました?」 
 
「パトリシアが賊にさらわれたそうですよ」 
 
 俺は、遠回しに聞いてみた。 
 
「まあ、賊にさらわれたなんて、酷い言いがかりですわ。わたしは、黙って借りただけです」 
 
 いえ、ソレが、さらわれたっていう事なんです。 
  
「何の話じゃ?」 
 
 シアちゃんが首を傾げる。 
 元はと言えば、シアちゃんのせい、か。 
 彼女の頭の上には、未だに2本のうさみみが揺れている。 
 ……お仕置き、だな。 
 
「いや、シアちゃんがうさみみを気に入ったみたいだから、バニースーツを着せたらどうかと思ってさ」 
 
「な、何を言っておるか!」 
 
 今頃になって気が付いたのだろう、シアちゃんの手がうさみみバンドに伸びる。 
 
「まあ、私達からの折角のプレゼントを外してしまわれるのですか?」 
 ふと、その手が止まる。 
 上手い。この言い方なら、シアちゃんは断れない。 
 
「くっ、卑怯な」  
 
「良い仕立て屋を知っておりますわ。街に戻ったら、早速行きましょうね、アリシアお義姉さま」 
 
「うんうん、美しき姉妹愛かな」 
 
「お主等はーー!!」 
 
 シアちゃんの叫びが辺りにこだました。 
 世界は概ね平和だった。 

 

「わしの可愛いパトリシアーーーー!!」 
 
 玉座に座る、哀れな男以外は。












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(1) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう