第十五話
こういう場合、王道ってのがあるよな。
仲間を助けて、最後に勇者が止めを刺すとか。
せっかく勇者になったんだから、少しはそういう役回りが欲しいもんだ。
なんか、こう、勇者ってのが軽く扱われてる気がする。
勇者ロトってのは、どんな奴だったんだろう。
ご先祖様のせい、ってことは無いよな?
城に戻った俺を待っていたのは、かつてない喧騒だった。
「すまんが勇者よ。お主の相手をしている暇はない。とっとと出て行け」
ちょっと待て。
勇者よりも大事な事って何だ?
そんな問いに、オッサンは答えた。
「わしの大事なパトリシアが賊にさらわれてしまったのじゃ」
パトリシア?
姫の他に娘がいたとは聞いてないぞ。
だが、それ以上は聞き出せず、城を追い出されてしまった。
「勇者様!」
門番が駆け寄ってくる。
「一体、何が起こったんだ?」
「パトリシアがさらわれたんです」
いや、だから、パトリシアってのは、誰だ?
「馬ですよ。馬。国一番の駿馬で、王様の愛馬なんです。番をしていた者が背後から殴られて、気付いた時にはいなくなっていたそうです」
馬……。
ああ、なんかどこかで見た気がする。
というか、俺、さっきまで犯人と一緒にいたかもしれない。
「なあ、それって、白い馬か?」
「ええ、そうです! どこかで見たんですか?」
「いや、王様が乗るって言うんだから、そんな色かな、と」
神様すみません、俺は嘘をつきました。
「……そうですか」
俺の答えを聞いて、門番はうなだれてしまった。
仕方ない、一声掛けてやるか。
「まあ、なんだ、その、頑張れよ。そのうちひょっこりと帰ってくるさ」
「勇者様……、僕みたいな門番にそんな優しい言葉を掛けてくださるなんて」
ヤバイ、またフラグ立てちまった。
俺は急いで城門から離れると、ルーラを唱えた。
「あっ、お待ちください。勇者様!」
俺を引き止める声から逃れるため。
そして、戦場で待つ愛する少女達のために。
上空から見た廃墟は正に戦場だった。
悪魔の騎士を中心に、建造物が吹き飛んでいる。
シアちゃんを庇いながらの戦いは苦戦を強いられているようだ。
と、姫が奴の剣で吹き飛ばされた。
途端に無防備になるシアちゃん。
だんだん地上に近付いていく俺。
彼女の前に颯爽と降り立ち、奴にいかづちの杖を叩き込む……つもりだった。
奴が一歩前に出なければ。
「うわっ! 馬鹿っ! どけ!」
荒野に衝撃音が響き渡った。
勇者は、悪魔の騎士に30のダメージを与えた。
勇者は60のダメージを受けた。
勇者は死んでしまった!
「……おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない」
オッサンに睨まれた俺は、すごすごと城を出た。
すると、門番が走り寄ってくる。
「勇者様、これを」
手渡されたのは、妙なデザインの帽子だった。
「これは、昔、父が手に入れたものです。たしか、山彦がどうとか。きっと勇者様のお役に立つはずです」
早速、かぶってみた。
おお、ピッタリだ。
どうやら、魔法使いの装備らしいな。
俺は、門番に礼を言い、再びルーラを唱えた。
「それを僕だと思って、大事にしてくださいね」
思わず投げ捨てたくなったが、必死で我慢することに成功した。
再び、上空にいる。
先程と状況は変わっていない。
いや、どこか奴の様子がおかしい。
どうやら、さっきの衝撃で鎧の間接部分に支障が起きたらしい。
幾分、威力が落ちたのだろう。
あれほどの巨体の一撃を、姫が剣で受け止めている。
さらに、剣を弾き、奴の腹に斬り付ける。
いくらかのダメージを与えたようだが、倒すには至ってない。
俺は、その隙にシアちゃんと奴の間に降り立った。
「俺が止めを刺してやる」
奴の腹には亀裂が入り、もう一度攻撃を加えれば倒せそうだ。
「あるじ!」
「勇者さま!」
姫が、シアちゃんを抱えて後ろに下がる。
俺は、いかづちの杖を奴に向けた。
「これで、終わりだ」
勇者の攻撃…………の前に。
山彦の帽子の効果で、再びルーラが発動した。
「へ?」
物凄いスピードで奴が迫ってくる。
否、迫っているのは俺の方だ。
気付いた時には遅かった。
奴に止めを刺す事をイメージしていたためだろう。
俺はルーラの効果で、奴に向かって頭から突っ込んでいた。
再び、荒野に衝撃音が響き渡った。
悪魔の騎士に30のダメージを与えた。
勇者は16のダメージを受けた。
悪魔の騎士を倒した。
奴の鎧がもろくなっていたおかげだろうか。
それともこの帽子のおかげで守備力が上がっていたからだろうか。
俺は辛うじて死なずに済んだ。
「あー、視界が真っ赤だ」
正直に言おう。
俺は、死んだことは多いが、瀕死の重傷は初めてだ。
姫が慌てて駆け寄ってきて、ベホイミをかけてくれる。
「死なないでください! 勇者さま!」
いや、ぶっちゃけ、死んだ方がマシ。
すぐ元通りになるし。
「……あるじ、お約束よのう」
シアちゃんの言葉がとても痛かった。
やっと立ち直った俺は奴の残骸へと近付いた。
その時、鎧の裂け目から黒い霧が吹き出した。
黒い霧は、空中にわだかまり、顔のような物を形成した。
「ふふふ、さすが勇者という所か。まさか我が敗れるとは思いもよらなかった」
いや、あれは事故だろう。
正直、攻撃なんて1回もしてないし。
「ルーラにあのような使い方があったとはな。さすが、あるじじゃ。長いこと生きたわらわでも到底思いつかなんだ」
シアちゃん、バカにしてるだろ、それ。
「勇者さまは、常人とは頭の出来が違うんです!」
姫、それ、フォローになってませんから。
俺は、居たたまれない気分になった。
だが、奴はお構いなしに言葉を紡ぐ。
「だが、アリシアよ。貴様と決着がついた訳ではない。我は竜王様の城で待っている。その時こそ、剣と魔法のどちらが強いか、決着をつけるときぞ! では、さらばだ!」
ちょっと待て、今、聞き捨てならないことを言ったな。
剣と魔法のどちらが強いか?
「こら! 説明して行け!」
奴は、言うだけ言って、北東の空へと飛び去った。
仕方ない。
もう一人を尋問することにしよう。
俺は、姫に目配せをする。
それだけで理解したのだろう。
そばにいたシアちゃんを羽交い絞めにする。
「こ、こら、何をするんじゃ!」
「何って、ドキドキ尋問ターイム!」
俺は、道具入れからキメラの羽を取り出した。
シアちゃんは、身悶えている。
さすがに、300年生きた魔法使いも、呪文を封じられたうえに、くすぐり攻撃はきつかったらしい。
「まず、シアちゃんが何処の誰なのかをはっきりしてほしい」
俺の問いに、始めは躊躇していたが、目の前で羽をちらつかせると、重い口を開いた。
「わらわは、アリアハン王家に連なる貴族の娘じゃ」
「アリアハン?」
「勇者ロトの生まれ故郷ですわ」
姫が教えてくれる。
えっ? それじゃあ、シアちゃんって。
「わらわは、勇者ロト、いや、アルスと共に魔王を倒した仲間の一人じゃ」
アルス、それがご先祖様の名前。
そして、シアちゃんの大切な人、か。
そこから先は、いつぞや聞いた話と同じだった。
魔王になってしまった魔法使いの話。
それが、シアちゃんの事だったらしい。
「これを聞けば、きっとお主はわらわから離れていくじゃろう。そう思うと、話せなんだ」
そう言って、シアちゃんは涙を流す。
「シアちゃん」
名前を呼ぶと、彼女は顔を上げた。
「あの時に言ったろ。シアちゃんとずっと一緒にいるって」
「私も、アリシアさまの義妹ですもの。私達は、もう家族ですわ」
「お主等……」
シアちゃんは、声を上げて泣いた。
母親を見つけた迷子のように。
もう、彼女は孤独じゃない。
俺たちがそばにいるから。
シアちゃんが落ち着くのを待ちながら、俺は辺りを探索した。
何か、こう、引っ掛かるモノがあるのだ。
まるで、心に呼びかけてくるかのような、妙な感じ。
聞けば、姫にもそんな感覚があるそうだ。
そして、俺は見つけた。
奴の鎧の残骸の下に、何かが埋もれているのを。
シアちゃんを呼んで、それを一枚ずつ広げた。
うわ、なんだ? このえらく表面積の少ない水着は?
「それは、あぶないみずぎじゃ」
「商品名?」
「商品名じゃ」
ひとつひとつ、シアちゃんが解説してくれる。
あぶないみずぎに、魔法のビキニ、踊り子の服にエッチな下着。
さらに、天使のレオタードに、シルクのビスチェ。
どうも、悪魔の騎士のコレクションらしい。
こんなモンを鎧の中に入れて戦ってたのか、コイツは。
「そういえば、シアちゃんに着せようとしてたのは?」
そう聞くと、嫌そうに答える。
「あれは、魔法のメイド服じゃ。あるじが燃してくれたおかげで助かった。もう、あれを着るような事態にはなるまい」
魔法のメイド服か……、ひょっとして、高いんじゃないか?
「そうじゃな、着る者に応じてサイズを変えるという代物じゃ。好事家に売れば、一万ゴールドは下るまい」
なんだと!? ……惜しいことをした。
まあ、他の物を売れば、それなりの値段にはなるだろう。
それで、妥協する事にした。
「あの、勇者さま。あの感覚の元なんですけど、ここから何か感じます」
姫が街のはずれの大木の根元を指し示す。
俺が、アレに引っ掛かっている間に、ずっと探していたらしい。
地面を掘ると、大きな木箱があった。
中には、立派な装飾の施された、蒼い鎧がおさめられていた。
「まさか?! 光の鎧か?」
シアちゃんが叫ぶ。
光の鎧?
「ひょっとして、勇者ロトの鎧、ですか?」
「そうじゃ」
これが、ご先祖さまの着てた鎧か。
ちょっと着てみるか。
姫に手伝ってもらって、やっとこさ身につける。
うおっ!?
ぶかぶかだったのに、しっくりくるサイズになったぞ。
「精霊ルビスの力を宿しておるからの。選ばれし者ならば、丁度良いサイズになるじゃろう」
「サイズは良いんだけどさ、やっぱり、俺には重過ぎるわ」
またもや、姫に手伝ってもらってやっとこさ脱ぐ。
「次は、王女の番じゃな」
「うん、姫が着けるのが良いと思う」
姫は、身に着けている鋼の鎧の止め具を外し、そっと地面に置いた。
そして、ロトの鎧を手に取ると、一人で身に着け始める。
……俺の時は二人がかりだったんですけど。
「まあ! とても素晴らしい物ですわ」
ロトの鎧を身に着けた姫は、とても凛々しかった。
姫の華奢な身体にもぴったりと合っていた。
「着心地はどうじゃ?」
「とても軽くて、動きやすいですわ」
前に着けていた鋼の鎧よりも金属部分が多いのだが、そう感じられるということは、姫が鎧の持ち主に相応しいという事なのだろう。
ますます、俺の立場がなくなってくる。
まあ、なるようになるか。
俺達は廃墟の街を後にした。
「そういえば、姫?」
「どうなされました?」
「パトリシアが賊にさらわれたそうですよ」
俺は、遠回しに聞いてみた。
「まあ、賊にさらわれたなんて、酷い言いがかりですわ。わたしは、黙って借りただけです」
いえ、ソレが、さらわれたっていう事なんです。
「何の話じゃ?」
シアちゃんが首を傾げる。
元はと言えば、シアちゃんのせい、か。
彼女の頭の上には、未だに2本のうさみみが揺れている。
……お仕置き、だな。
「いや、シアちゃんがうさみみを気に入ったみたいだから、バニースーツを着せたらどうかと思ってさ」
「な、何を言っておるか!」
今頃になって気が付いたのだろう、シアちゃんの手がうさみみバンドに伸びる。
「まあ、私達からの折角のプレゼントを外してしまわれるのですか?」
ふと、その手が止まる。
上手い。この言い方なら、シアちゃんは断れない。
「くっ、卑怯な」
「良い仕立て屋を知っておりますわ。街に戻ったら、早速行きましょうね、アリシアお義姉さま」
「うんうん、美しき姉妹愛かな」
「お主等はーー!!」
シアちゃんの叫びが辺りにこだました。
世界は概ね平和だった。
「わしの可愛いパトリシアーーーー!!」
玉座に座る、哀れな男以外は。
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