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社説:視点 盧前大統領聴取 「時代精神」に背いた罪=論説委員・中島哲夫

 韓国の盧武鉉(ノムヒョン)前大統領が被疑者として検察の聴取を受けた。在任中に後援者の企業会長から約6億円相当のわいろを受け取った容疑だという。本人は否認した模様で、起訴されるかどうかは近日中に決まる。

 しかし、盧氏の親族や側近も不正資金がらみで次々に摘発されている。構造的な腐敗を否定できない。前政権に好意的だったハンギョレ新聞は盧氏聴取後の社説で、90年代に数百億円相当の収賄で断罪された全斗煥(チョンドゥファン)、盧泰愚(ノテウ)両元大統領の事件と比べ「むしろ、もっと胸が痛い」と嘆いた。これはなぜか。

 韓国では「時代精神」という言葉をよく使う。「大統領選の結果に表れる民意こそ時代精神だ」。そんな言い方をする。

 そして直接選挙で選ばれた歴代大統領はそれぞれ当時の発展段階に即して、経済成長、穏健な民主化、文民統治、国内対立緩和といった国民多数の願い、つまり「時代精神」を担ってきたように見える。では盧武鉉氏を小差の当選に導いた民意は何か。それは政治刷新と「清廉」への期待であったろう。

 盧氏は韓国の経済発展を主導した勢力を守旧派と決めつけ、「特権、癒着」を批判した。これを特に若者たちが歓迎した。当時、失業・就職難や格差拡大など社会的ストレスが強まり、自殺も急増し始めていた。こうした閉塞(へいそく)感の中での盧氏当選には、「自民党をぶっ壊す!」と叫んだ小泉純一郎氏の首相就任やその後の人気の高さと重なる側面があったのではないか。

 また盧氏は、高卒後に独学し人権派弁護士となった経歴を持つ。自らの政権について「不正腐敗とは無縁だ」と誇り、それを国民は信じた。盧政権に「無能」のレッテルを張った保守陣営も、清廉さは認めていた。

 こうした信頼を盧氏は裏切った。自らの刑事処分の行方はさておいても、周辺の腐敗を防げず「時代精神」に背いた道義的責任は免れない。「進歩」を掲げる勢力の自負心は大きく損なわれた。ハンギョレ新聞の痛憤はここに向けられている。

 もちろん、こうした感覚はかつて盧氏を支持した人々のもので、保守派はもっと冷淡だ。前大統領から激越な批判を浴びた日本でも、冷ややかな視線を送る人々が少なくないだろう。

 ただ、単に旧態依然の政治腐敗がいつまでも続いていると見るのは適切でない。韓国社会全体を見れば、時代の流れに相応する変化は着実に進んできた。日本と似た閉塞状況の中で、次なる「時代精神」が、発現の時を待っている。そういう認識をもって隣国を見守りたい。

毎日新聞 2009年5月5日 東京朝刊

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