冨田明宏 責任編集メールマガジン 『パトス・ハメ』
No.0005-1 / 2009年4月8日 発行
INDEX
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1. 犬が読むコラム - 責任編集後記的な何かが前に来たら - text: 冨田明宏
2. 志方あきこ 新作アルバム『Harmonia』を語るインタビュー text:冨田明宏
3. リレー・コラム『人生を変えたアルバム』 text:天門(作曲家)
4. 前田久×冨田明宏対談 『2010年代のオタク』
5. 今号のパトス盤 - PICK UP DISC! - text: 冨田明宏
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1. 犬が読むコラム - 責任編集後記的な何かが前に来たら - text: 冨田明宏
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最近よく耳にする、“エクレクティック”って何だろう。
意味は単純明快で、“折衷主義”のことです。でもこのエクレクティックって言葉、最近何だかやたらと、いろいろな媒体で目にするようになったと思いませんか?特に音楽雑誌でね。たとえば、まったく相容れないような斬新なアイデアを組み合わせて生まれた音楽に、“エクレクティックな”という言葉を与えていることが多い。でもこれに当てはまるアーティストって、90年代だったら全部“オルタナティヴ”と呼ばれていたような気がする。
それってつまり、女の子に免疫のない奥手な男の子を“草食男子”と呼ぶような、今っぽい新しい言葉を与えるのと同じ感覚なのだろうか。ちなみに私も、2人の男兄弟と男のような母親にぶっ飛ばされながら育ったせいで、高3位までまったく女の子に免疫がなかった元・草食男子です。
話が逸れました。
しかしその“エクレクティック”が指す音楽が、90年代のオルタナティヴとははっきり違うものであることも、実は理解しています。00年代における“エクレクティック”とは、インターネットによって過去、現在を問わず音楽のアーカイヴが簡単にいくらでも引き出せる時代に生まれた、新世代のアーティストを指しているわけです。
つまり、伝統や文脈や慣例を無視して、旧来の感性では考えられない音楽性の組み合わせで新しい音楽を生み出しているアーティスト=“エクレクティック”であると。例としては、昨年ロック・シーンを賑わしたハドーケン!やメトロノミー、レイト・オブ・ピアなんかがそうですね。この辺の話は、以前にこのメルマガで配信したテクノウチ氏との対談でも触れてきました。「何でもアリ、だからこそ今の音楽は面白い」のだと。
しかしながら、その一方で、ポップ・ミュージックはただの記号の組み合わせ、パズルのようなものになってしまったのか、という危惧も当然出てくるでしょう。90年代後半に登場したゲーマーズのマスコットキャラクターである“デ・ジ・キャラット”が、当時トレンドとされていた萌えパーツの集合体のような存在で、「結局オタクはただ記号を消費しているだけなのでは?」なんて議論が起こったりしましたが、この“エクレクティック”といわれるような音楽性も、一度はそういう方向に進まざるをえないのかもしれない。
「リスナーは音楽の何を聴いているのか」や、「音楽にとってオリジナリティーとは何か」などの議論を生む、非常に興味深いテーマだと思います。僕は、良い音楽には必ず普遍的なコア(核)となる要素があると信じているのですが。
今回対談相手として登場してくれた『2010年代のオタクについて』を語ってくれた前田久君も、前回のテクノウチ君も、僕よりも若い新しい感性を持った論客たちだ。インタビューに登場していただいた志方あきこさんは、新しい驚きと衝撃と感動が目一杯に詰まったオリジナル・フルアルバム『Harmonia』を発表、斬新なアプローチを取りながら、決して揺るがない幻想性と神秘的なオリジナリティーを提示しています。新海誠監督作品のBGMでお馴染みの天門さんは、『人生を変えたアルバム』で若者にはなかなか縁のないプログレの歴史的名盤2枚を、懇切丁寧に紹介してくれました。
参加して下さったみなさんが、一体何を考え、何を語りたがっているのか。何にパトスを感じ、何を表現しようとしたのか。実は『パトス・ハメ』というメルマガは、最もエクレクティックな媒体を目指しているのかもしれません。しかし登場する人、物、すべてに燃え上がるような、「伝えたい」という情熱が脈打っています。いまだに世間では、「共感」を過剰に促す「桜ソング」や「泣き歌」のようなものに人気が集まっているようですが、物事の本質を見極めるという難しいテーマは、今後益々議論されていくのではないでしょうか。
はい、また話長いので強制終了します!
引き続き、本編をお楽しみください。
まずは、志方あきこさんのインタビューから!
2. 志方あきこ 新作アルバム『Harmonia』を語るインタビュー text:冨田明宏
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まったく新しいダイナミックなヒーリング・ミュージックを創造するアーティストであり、幻想音楽の分野でも絶大な支持を集めている“ヒーリング・ファンタジア”こと志方あきこが、待望のメジャー三枚目となる最新作『Harmonia』をリリース!
とても一言では語り尽くせない壮大なコンセプトと物語性に満ち満ちた本作の魅力について、存分に語っていただきました。どこまでも強く激しく、そしてどこまでも優しい光に彩られた『Harmonia』の世界へ、いざ!
――待望の最新アルバム『Harmonia』ですが、制作中にいろんな事が起こっていたそうで。
志方:
もう、呪われているかのようにトラブル続きでしたね(苦笑)。けれど、こうして無事作品を出せて安心しました。あとは、この作品を皆さんに楽しんで頂けたら、本当に嬉しいです。
――いろいろなことがあると、余計に志方さんご自身の思い入れも強くなったのでは?
志方:
はい。これだけ色々な出来事があったアルバムというのも、珍しいなと自分でも思います。実は私は、一つのプロジェクトで一回は音楽作業用のパソコンが壊れてしまうのですけれど、今回はマスタリングの前日に壊れたんですよ。電源が完全に壊れてしまったようで、パニックになって泣きながら分解し、新しい部品につないで(笑)。何とかすぐに直せたのですけれど、あの時は本当に焦りましたね。
――では今の心境は、やりきった達成感に満ちている、という感じですか?
志方:
そうですね。素直に「頑張りました!」と言える位、精一杯にやりきりました。
――今回、トラブル以外で最も苦心された部分は?
志方:
あらかじめコンセプトをきっちりと固めてから、制作に入ったという“縛り”の点ですね。今までメジャーでリリースした作品は、最初は自由に曲を作ってゆき、段々とアルバム全体のコンセプトが固まり始めるという感じだったんです。コンセプトに対する縛りはそこまで厳密にしないで、少し方向性が違う楽曲があっても「これも味かな?」と思って、良しとしていました。
けれど今回は、はじめからコンセプトをきちんと固めて、そのコンセプトとの整合性を大事にしながら作ったので、色々と試行錯誤の連続でした。
――実際に、このアルバム用にどのくらいの楽曲を制作されたのですか?
志方:
簡単なネタのような曲も含めてしまうと、収録曲の10倍以上は作ったと思います。今回は、作っては捨て、作っては捨ての作業が多くて(笑)。
――それはすごい!本作のコンセプトは、地、水、火、風のエレメントに纏わるものですよね。
志方:
そうですね。アルバムのコンセプトに加えて、「風」は旅、「火」は終焉、「水」は感情と慈愛、「地」は物語と、そのエレメントごとにキーワードを設けました。各エレメントのパート毎に生まれた物語が、最終的に融合して大きな一つのうねりとなる。そんな流れを作りたかったんです。
――本作にも、「うみねこのなく頃に」や「謳う丘」など、すでに世に出ている楽曲もあったわけですが、それも各エレメントに対応させているわけですね。
志方:
そうですね。その部分も、整合性が感じられるように工夫しました。たとえば、「うみねこ」は普通なら「水」のエレメントという感じですが、水のエレメントの「慈愛」のテーマには、この曲はあまりそぐわないように感じました。どちらかというと、「うみねこ」に対して私はもっと重く、複雑なイメージを持っているので、このイメージを活かすには「火」が一番合うのではないかなと。
また「うみねこ」に関しては、別のメーカーさんからミニアルバムを出しているので、以前とは違う切り口の曲にしようと思いました。そこで、今回のイタリア語ヴァージョンでは、“物語の流れ”に焦点を当ててみようと考えました。
原作をプレイした時の混沌とした高揚感や物語の時間軸を、より強く表現していきたいな、と。事件が起こり、日常は崩壊し、悪意と謎が人々の前にあふれ出してゆく。そのドラマティックな流れを、曲で表現してみたかったんです。
この曲の製作中に、ゲーム本編は Episode4 まで出ていたのですけれど、それらをプレイして、自分なりに感じた事柄を、今回の曲に盛り込んでみました。
ゲームをプレイした事がある人も無い人にも、うみねこの世界に触れたときの高揚感を、この曲を聴いて感じてもらえたら嬉しいですよね。
また、もう一つの隠し要素的な趣向として、“PCゲームのオープニング”と“ミニアルバム”の、2つのうみねこ曲の一部分を、今回の曲に取り入れました。
今までのうみねこ曲を聴いた事がある人達にもニヤリとしてもらえるような、メドレー的な遊び要素も持たせたく思ったんです。
――物語性という点では、「遥かなる旅路」で旅による時間の経過が表現されていたのも、すごく面白かったです。
志方:
ありがとうございます。中国からシルクロードを辿って、トルコまで行く。そんな長い旅路の情景を臨場感を出して描けたらと思い、この曲を書きました。
タクラマカン砂漠やウイグルのオアシスを通過して、トルコへと到る。そんな旅の経過にあわせて、ウイグル語やトルコ語のコーラスを用いました。
また楽器も、曲の序盤の中国の方では胡弓を使い、曲の中盤以降でトルコに近付くにつれてカバルや、ネイを使っています。そういう臨場感を意識した試みを、今回盛り込みました。
――興味深いお話ですね。そして各エレメントの融合を示唆しているのが、「調和」と題された5つの楽曲で。
志方:
はい。聴いて頂くとお分かりになるかと思いますが「調和〜Harmonia〜」のメロディ・歌詞の一部分がそれぞれの調和シリーズに散りばめられています。4つの小曲の歌詞とメロディが最後には融合し、16曲目の「調和〜Harmonia〜」ですべてのエレメントが調和する。そこで世界は完全な形を迎え、ある種の終わりへと至る。そして、最後の曲「Harmonia〜見果てぬ地へ〜」で、また新しい世界が生まれ、育まれてゆく。
大きなサイクルで、巡り調和してゆく世界と、その物語を、アルバムを通じて表現してみたかったんです。それは例えば、破壊の後には、必ず再生があるように。そのサイクルは、自然に纏わることだけではなく、人間の感情、「喜び」や「悲しみ」についても同じ事が言えます。
たとえば「久遠の海」という曲は慈愛をテーマに、巣立ちを迎えた時の母と子それぞれの想い、喜びや不安、感傷等を表現し、「追想花」では、人生の最後の旅立ちである死を見送る者の深い悲しみを表現してゆく……というように、感情や人生のサイクルも、このCDで合わせて表現してゆきたく思いました。
実は、楽しいお話ではなくなってしまうのですけれど……今回のアルバムの制作中に祖父が亡くなり、近しい人が亡くなるというのが今まであまりなかった私にとって、それは大きな衝撃でした。そしてこの事をきっかけに、生と死について色々と考えるようになり、それは作品にも影響する形となりました。
――そうでしたか……。
志方:
はい、なので「追想花」は、私にとって祖父への別れの歌という意味合いも込めた作品になっています。古来、各地では海へ死者の魂を送るという風習があったそうです。魂は母なる海へ還り、またどこかで新たな命が芽生える。途方も無く悲しみも喜びも、そして生も死も全て、大いなる自然が包み込み循環してゆく。
――自然の理や、世の中に起こるあらゆる事象についての壮大なシンフォニーでありながら、当然、志方さんご自身の物語でもあると。
志方:
そうですね。“ベストアルバム”といってしまうとニュアンスが少し違うかなと思うのですが、私名義のアルバムとしては、一つの集大成的な作品になれたように思います。それは、このアルバムでいろいろな音楽ジャンルに挑戦していることも含めて、ですね。
――今回は本当に個性が強いというか、つまりは、思い切りがいいですよね(笑)
突き抜けんばかりの勢いを感じました。歌声でいうなら、ウィスパーとパワフルな太い声のように、静と動、その両極に振れているというか。志方さんご自身の生命力が、最も感じられた作品だと僕は思っていて。
志方:
ありがとうございます!そう言っていただけると、とても嬉しいです。このアルバムは色々なタイプの曲を入れてありますので、その日の、その時の気分に合わせて好きな曲を聴いて頂けたらすごく嬉しいですね。
たとえば、のんびりしたいときには水エレメント系の曲を聴いて頂いたり、逆に元気になりたいときには、火のエレメント曲を聴いたり。そんな風に、色々な楽しみ方で聴いてもらえたらいいなあって。
――このアルバムを通じて、自分の体に合ったエレメンツに気付いたり?
志方:
そうですね。そういう皆さんからのフィードバックがあると、私も嬉しいです!
――そして本作は、天野月子さんや、ゴンチチのゴンザレス三上さん、宗次郎さんと、ゲストも豪華です。
志方:
お三方ともに以前からファンでしたので、今回ご一緒できてとても楽しかったです!
天野さんの書かれる詞の世界観が好きで、是非歌詞を書いて頂きたいと思っていたので、今回「埋火」の作詞をして頂けたのは、本当に嬉しかったですね。
この曲では、いつもはあまり使用しない系統の音色をあえて使う事により、より詞の世界にあった表現が出来るよう、色々と模索してみました。
そして「久遠の海」では、ゴンザレスさんにとても暖かな旋律のギターを弾いて頂きました。本当に素敵な方で、その場にいらっしゃるだけで癒されるというか、お人柄が曲にも出て、とても色鮮やかな音色を奏でて頂きました。
「Amnesia」曲では宗次郎さんにご参加頂きました。本当にオカリナの神秘的な響きが素晴らしくて。オカリナも収録の時にいくつも持ってきて頂いたのですが、一つ一つで音色も違えば、響きも違うんですよね。このオカリナの音色は可愛い感じとか、こっちはちょっと淋しげとか。オカリナに対しても、演奏に対する姿勢についても、勉強させて頂きました。
――このアルバム、CDの収録時間ギリギリまで曲が詰まっていますが、かなり削ったのでは?
志方:
はい、削りました。ご想像の通り、当初考えていた内容では入りきらなくなってしまったので……。たぶん削らない状態なら、80分は超えていたと思います(笑)
――さまざまな言語や音楽性や情報がみっちりと詰まったアルバムで、本当に聴き応えのある重厚な作品になったと思います。これからこの『Harmonia』を手に取る方には、どのように本作をお勧めしたいですか?
志方:
“色々な想いを、ぎゅっと込めてつくりました。今の貴方、そしてこれからの貴方のお気に入りになれる曲をお届けできたら嬉しいです。”
志方あきこ オフィシャルサイト
http://shikata-akiko.com/
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音楽ライター冨田明宏
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