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荒廃する森林をよみがえらせ次世代へ渡すには、木を間引く間伐が欠かせない。これが全国的に滞っている。
間伐材の売却代金に国や県からの補助金を足しても、作業道の開設、作業や輸送にかかる経費の方が高くなってしまうからだ。その結果、間伐をしても伐採した木を運び出さず現場に放置する「切り捨て間伐」が増え、間伐実施分の6割までになっている。
そんな窮状を打開する仕組みを、東京の環境NPO「オフィス町内会」が考え出し、実施している。
間伐を支援するサポーター企業を募り、間伐材でつくった紙を買ってもらうのだ。間伐費用の不足分を紙代に上乗せするので、普通の紙より10%ほど割高になる。そうすれば、製紙メーカーに間伐材を市価の約2倍で買ってもらえる。あらかじめ「間伐に寄与した紙」の予約発注を受け、売れ残る心配もなくす。そんな仕組みだ。
このおかげで、岩手県岩泉町では間伐作業が経済的に成り立つようになった。4年前に6社で始まったサポーター企業は70社まで増えた。企業にとっては紙代が少し上がるだけなので、支援しやすいのが利点だ。
販売する紙は年間360トンを超す。間伐面積は当初の1.8ヘクタールから25ヘクタールへ広がった。この2月から岩泉町の隣の葛巻町が加わり、5月からは青森県三沢市も参加する。成功を聞いて静岡県庁と浜松市がこの方式の導入準備を進めている。
「オフィス町内会」は18年前、職場から出る古紙の共同回収システムを考案し全国の先例をつくった。当時はまだ、企業の古紙回収は手つかずだった。初めは30社だった参加企業がいまや1200社に。同様の活動は全国の50カ所以上へ広がっている。扱い慣れた「紙」を仲立ちに、みどりの支援にも乗り出したのだ。
間伐材で作った割りばしの普及に取り組むNPOもある。東京の「樹恩(じゅおん)ネットワーク」だ。いま全国64の大学生協で年間1千万膳(ぜん)が使われている。こうした間伐支援モデルを、森林整備の足がかりにしたい。
山主側も知恵を絞る。京都府南丹市では森林組合が複数の山主の所有林を集約した。高性能機械の導入などで経費を削減し、組合の経営も維持しつつ森林の再生に取り組んでいる。
林野庁によると、日本の森林面積2510万ヘクタールの4割を占める人工林のうち、間伐が必要なのは465万ヘクタールで、半分近くにのぼる。日本は温室効果ガスの排出量を90年より6%削減することを約束しているが、3.8%分は二酸化炭素を吸収する森林に担ってもらう。森林への期待は大きい。
低迷する林業を一朝一夕に立て直せるわけではないが、みどりを守り育てる試みをふくらませていきたい。
国民生活に関する行政サービスや情報のIT化が速い速度で進む時代となっているが、縦割り文化の抜けない政府の対応は、相も変わらずばらばらだ。その象徴的な例が、迷走を続けている社会保障カード構想だ。
この構想は、07年夏の参院選へ向けて当時の安倍首相が唐突に打ち出したもので、「宙に浮いた年金記録」への対応が狙いだった。
検討を任された厚生労働省はこれとは別に、病歴や治療歴、健診のデータを電子化して管理することを検討していたため、社会保障カードと一体化しようとした。
一方で政府・与党内には、医療、年金などの制度をまたぐ情報を個人ごとに管理する「社会保障番号」の導入を求める声があった。社会保障だけでなく、将来は納税者番号にも活用できたらと期待する向きもあった。
カードに抱くイメージも関係者の思惑も、ばらばらだったのだ。
こんな状態だから、厚労省の検討会が先月まとめた基本計画は腰が定まっていない。論議を呼びそうな社会保障番号の導入はとりあえず先送りしたうえで、国民がICカードを使って年金・医療・介護に関する自分の情報を閲覧できる仕組みだけを提案した。
だが、いまでも年金情報は自宅からパソコンで閲覧できる。情報閲覧だけのシステムを新たにつくる意味があるのか。同省は夏以降、モデル市町村を決めて実験をするとしているが、税金の無駄遣いではないか。
さらにちぐはぐなのは、政府のIT戦略本部が最近になって「国民電子私書箱」構想を打ち上げたことだ。
やはりICカードなどを使って、希望者が自分の年金情報などを閲覧したり、行政手続きをしたりできるようにする仕組みだ。社会保障カードとの関係は全く整理できていない。
いま政府がすべきことは「電子政府」の全体構想を固める作業だ。国民にとっては政府や自治体での手続きが大幅に簡便になるとともに、きめ細かな行政サービスを受けられる。同時に事務を効率化させ、公務員の減員や行政コストの削減につながる。これが行政のIT化の効用だ。
むろん個人情報の保護が大前提だ。情報をどう管理し、どういうことに使うのか。目的外使用や情報漏れを防ぐためにどんな手を打つかが重要だ。さらに、与野党がいま検討している納税者番号を導入するか否かも大きく影響するだろう。
現実は、複数の役所が同じような構想を好き勝手に検討している。全体像を欠いたままのIT化は、国民の理解も得られない。「住基ネット」の失敗がいい例だ。多少時間がかかるかも知れないが、役所間の垣根を越えて政府全体で検討する体制を作るべきだ。