COLUMN
アニメ好きなら画面の隅々まで観よう。フィルムのコマとコマの間にも「隅」がある。はたしてその存在に気づいたことは?
前回、フィルムのパーフォレーション(送り穴)とフレーム(枠)という気づきにくい「画面の隅」について話題にした。今回はもうひとつ、同じようなハード的な「隅」について語ってみよう。 『カウボーイビバップ』('98)というTVアニメがある。これは太陽系内の惑星が開拓された未来が時代設定となっているが、その惑星間飛行を可能にした《相差空間ゲート》という技術がある。その原理には「フィルムのコマとコマにある隙間を飛ばす」というような説明があった。「意味不明」と思った方も多いと思うが、映画フィルムに触った経験があれば、なんとなく言わんとするところが分かる。 映画は1秒間に24コマの連続した写真を投影し、その残像で動きを表現する芸術だ。それを「物語を語るもの」に変えるのが「時空間を切り飛ばす」ための「編集」という手続きである。実写の場合、カメラを回して被写体の一連の動きを撮影した最小単位を「ショット」と呼んでいる。それは映像の素材を「狩る」狩猟行為だ。SHOOTの過去分詞がSHOTだから、それは「狩られたもの」でもある。 撮影現場で監督は撮影の停止指示として「カット!」と叫ぶ。それは取りあえずの中断に過ぎない。最終的なカット(ファイナルカット)は編集室で行われる。動きの一連の中のもっとも輝かしいピークがそこで選ばれ、モンタージュ効果による流れ(コンティニュイティ)を検証しながら、前後の流れと組み合わせて切り貼りされる。そして物理的な動きは、ストーリーに寄りそったある種の情動(エモーション)に変わっていく。これが単なる「動く写真」が物語装置としての「映画」に変わる瞬間だ。そのマジックとは「編集」という素材を料理する工程で生み出されると言っても過言ではない。 劇映画を目ざすアニメーションの場合も、原理原則は同じだ。だが、このショットに相当するものは「カット」と呼ばれる。絵を1枚描くのにもコストが発生し、数コマ単位でも無駄を出すわけにはいかないため、あらかじめ「絵コンテ」で編集済みの状態を予定する必要があるのが、呼び名の差の理由であろう。CUTの過去分詞も同じCUTなので、「カットされたもの」という意味と取れば、ショットとの整合性が見えてくる。 実際にはアニメでも編集室で最終的な編集を行い、フィルムの流れを追いこんでいく。このように、フィルムにハサミを入れる編集とカットは奥の深いものなのである。 さて、フィルム時代の編集は「切断編集」という手段で行われていた。撮影済みのネガに対して「ラッシュ」と呼ばれる編集用のポジフィルムを焼き、これをビューワーと呼ばれる機械にかけて編集点を探す。そしてカッターで切り、別の映像とスプライシングテープで貼ってつなぐ。ラッシュは何度も回すたびに傷ついてボロボロになるが、編集が終わるとそれに対して「ネガ編」と呼ばれる工程に入り、同じ尺(長さ)とタイミングになるようマスターネガの編集が行われる。 このネガ編もまた切断編集なので、編集点には「傷」が残ってしまう。DVDを再生したとき、カット変わりでフレームの下または上に白く光るギザギザのノイズが見えたことがあるだろう。あれが「スプライス傷」と呼ばれる編集点の切断あとなのだ。ネガはデリケートなので、テープではなく溶剤や高周波による接着が一般的である。しかし、16mmや35mmというフィルム幅に対しての切断はかなり大きいものに投影されてしまう。 なぜDVD時代になってこの傷が目立つようになったのか。実はそれには秘密がある。フィルム上のフレームとTV画面のフレームは、同一ではなかったのだ。フィルムを100%としても、それからテレシネ作業というビデオに落としこむ作業段階で少し周囲が欠け(専門用語でケラレと呼ぶ)、90数%の内側が有効となる。さらにTVモニタ自体が信号を100%としたとき95〜97%と外側をケラレて写すようにできている。こうしたケラレ部分にスプライス傷が隠れて見えなくなるマージンが、システム的に存在していた。 ところがDVDになって、パソコンによる映像再生がされるようになって事情が変わる。再生ソフトのほとんどが、こういったケラレのマージンをもつフィルム事情を顧みないで設計されてしまったため、記録信号の100%を表示してしまう仕様のアプリが大半となったのだ。するとケラレるべき数%分、スプライス傷がよく見えるようになってしまったのだ。そんな経緯をまったく知らないユーザーは「DVD製造不良のノイズ」だと思ってメーカーにクレームをつけてしまう……こうした不測の事態が発生したのである。 ここ数年、デジタル映像技術の発達にともなって、マスタリング時にスプライス傷を消去する(手前のコマから情報を持ってくる)ことが多くなっているのは、このためである。だが、この加工には費用が発生するため、どの程度ていねいに消すかはメーカーやタイトルによってまちまちである。今後、HD対応になるとますますくっきりと傷が見えるため、各社とも費用対効果に頭を悩ませているに違いない。 ちなみに80年代後半、一番最初に出た『スター・ウォーズ』のワイドスクリーン版LDでも、このスプライス傷は豪快に見えていた。画面の内部にフレームが来るレターボックス収録のごく黎明期だったので、きっとマスタリング技術者が気づかなかったのだろう。それくらいプロ中のプロでも見落としがちなものということでもある。 古くからの映画マニアなら「カット変わりの編集点には傷がビカッとフレームの下に光るのではないか」と構えてしまったことがあるはず。画面の隅にそんな傷が見えてしまうと、映画の夢からさめて現実に戻ってしまう。だから、見えないに越したことはない。 その一方で、切断した「コマとコマの間にあるハサミのあと」は、『ビバップ』の太陽系惑星間を駆ける宇宙船のように、時空を一挙に跳ばす魔法のマークという意識もどこかに残っている。『ビバップ』の設定を決めたひと(河森正治氏)も、きっとこうした「画面の隅」にたまに見えるメタな発想から、時空ジャンプを思いついたのだろうなあと、該当シーンを見るたびに思ってしまう。 こんなメディアの現実と設定さえも「合体」できるのが、アニメという表現の魅力なのである。