COLUMN
アニメも映画のジャンルの一部。そのメイキングの基本は変わることはない。「ヨーイ、スタート!」で鳴らされる実写のカチンコ。実はアニメにもカチンコは存在する。完成品では切られてしまうボールドとは何か?
仕事で『ゲートキーパーズ』という2000年にGONZOが制作したTVアニメを観ていた。1969年の日本を舞台にインベーダーの侵略から地球を守る少年少女の活躍を描いたジュブナイル的な作品だ。DVDではメインメニューから2ルート用意されていて、各話の未放映「スペシャル・エンディング」が選べるようになっている。再生してビックリ。モノクロ化された子画面には「ボールド」の入ったカットがそのまま使われていたのだ。あれあれっ、アニメのボールドがそのまま商品化されてるのって、実は珍しいのでは? と、妙な感心をした。 さて、ボールドとは何か? 問題の映像には話数、カット番号、秒数などのデータが四角い枠に記載されている。そしてネットで映画用語としてボールドを調べると、「カチンコのこと」などと書いてあったりする。うーん、確かにそれでも一般的解説としてはいいかもしれないけど、ちょっと違うんだよなあ……。という微妙でモヤモヤした疑問が、今回の「重箱の隅」のお題としてふさわしいという判断につながる。 カチンコは映画のメイキングなどで良く登場するアイテムなので、ご存知の方も多いであろう。小さな板にシーンやカット番号などのデータが記載され、監督の「ヨーイ、スタート!」のかけ声で助監督が板の上についた拍子木をカメラの前で「カチン!」と打ち鳴らし、さっとどけて編集用の番号をフィルムに撮る。あの「カチン!」の音は役者へのキッカケでもあるが、もっと大事な役目がある。それは「同録用」の頭出し信号だ。撮影時にフィルムと音声は別個に回っているため、その同期を後でとるためのキッカケとしても、拍子木のあの大きな音が必要なのだ。 だから「カチンコ」と言えばまず同期のためのアイテムなのだ。そして、先の「データの書いた板」が実は「ボールド」である。辞書を引けばボールドとは何のことはない「board」のことで、「黒板」を意味するとすぐ分かる。つまりあとで編集時にカットされることを前提に板などに書いてフィルムの中に写し込む文字データ全般が「ボールド」というのが、正確な定義となる。 ゆえに「カチンコはボールドが取り付けられているもの」というのがより正確な言い方であって、「ボールド=カチンコ」では断じてない。なぜならば、アニメの世界では先のカット番号のように「カチンコ」としてのキッカケ音は入っていないからだ。つまり「より純然たるボールド」が存在するということでもある。 先述のようにこれは編集で切られてなくなってしまうものなので、ユーザーの目に触れることはない……原則としては。 というのは、実は筆者はオンエア作品の中にボールドを発見したことがあるからだ。TVシリーズ『ベルサイユのばら』で、確かまだ出崎統監督になる前のあたりの再放送をビデオで観ていたら、目がちかっとした。何だか白い四角が見えたのである。あわててコマ送りをしてみたら、1コマだけ「135」などという3桁の数字がマジックで書かれた白い紙が見えた。そう、それがアニメのボールド。フィルム時代は手書きの紙をセルの上に乗せて撮影していたのであった。 TVアニメの第一世代たるわれわれは、アニメーターの作画上の遊びを見つけるうちに動体視力が鍛えられてしまったようで、1コマでも激しい変化があればすぐに見分けがつく。おそらくネガ編(ネガの編集)時にミスで1コマずれこみ、切り損なってしまったのであろう。商品化時には改めてV編(ビデオ編集)で切られているかもしれない。あのエアチェックビデオは貴重品……あ、ついこないだ捨てちゃったよ(苦笑)。 というわけで、ボールドは観客は決して目にすることはない現場用の存在だが、実はそのボールドをたっぷり見る機会を得たことがある。1980年代初頭、とある劇場用アニメの仕事で場面写真をフィルムから切り出すことになった。プリントを待っていては間に合わないので、ラッシュを切ろうということが決まった。 フィルム時代の編集のプロセスは、こうだ。 まずセル画を撮影したらラボに送り、現像後にネガとラッシュと呼ばれるポジプリントが戻ってくる。このラッシュは「デイリー」と呼ばれるもので、順番もメチャクチャだしボールド部分も切っていない。「棒つなぎ」とも言われるように素材が本当にナマのまま並んでいるものだ。このラッシュを切り刻む「ポジ編」と呼ばれる作業で全尺にしたものを「オールラッシュ」と呼ぶ。一部白味や線撮りが入った状態のものの差し替えが終わると、ラッシュをもとに今度はネガを同じ状態に編集(ネガ編)、そして完成版のマスターネガが出来上がる。 デイリーは本来なら門外不出のもの。しかし、たまたまそういう事情でデイリーを2本焼いてもらい、うち1本をその切り出し用に回してもらったわけだ。生まれて初めて「すっぴん」のままの映像を見たら、かなりビックリした。やはり実物を見るまで分からないことのはあるものだと思った。カット頭にボールドが入っているのは当たり前として、実はカット内にもボールドが盛んに出てくるのである。これはさすがに完成品を観ているだけでは気がつかないことだった。 撮影も人の手を経由する作業である。当然、人為的なミスが発生する。そしてフィルムは一度撮影したら感光してしまうので、ビデオやデジタルデータと違って後戻りはできない。だから撮影ミスがあった場合、「↑以上6K NG」などというボールドを続いて撮影するのである。「K」は「コマ」の意味である。つまり「これを見た編集さん、申し訳ないですが6コマ分切り落としてください」という「メッセージ」に相当するボールドなのだ。 だからアニメーション作品の完成作品は、実は編集点はカット単位ではなく「カット内編集」があって、そこが実写作品との大きな違いなのである。DVD時代になって16ミリ作品だと編集点のスプライス傷が目立つようになった。もしかしたら感度の高い読者の中には「なんでカット内なのにあちこちにハサミが入っているんだろう?」と疑問に思う方がいるかもしれない(筆者はけっこう気になった)。それは実はNG部を抜いたものである可能性が高い。ちなみにテンポを上げたりタイミングを調整するためにカット内編集をすることもあるので、ハサミが入っていたからNGと決めつけるわけにはいかない。 コンピュータ化で各パートでもできることが拡大した結果、、デジタルの撮影の場合ではこういう「編集パートへの申し送り」は起きない。NGが出たらそのコマだけ撮影時に抜いてしまうからだ。なので先の「カット内ボールド」は絶滅し、実写と同様に編集点はカット単位になっているはずである。 さてアニメの「ボールド」と言えば、他にもある。これも完成作品では見られないものだが、ユーザーの目には触れているはずだ。DVDの映像特典などで「アフレコ用映像」が収録されたものがある。原撮・動撮・コンテ撮と呼ばれ、それぞれ原画、動画、絵コンテを線撮りしたものである。その中で、セリフをしゃべるキッカケで四角に囲んだ「セリフ」という文字が出たり消えたりするのを見たことがある方も多いだろう。あれも「ボールド」と呼ばれている。本来は「口パク」の動きに合わせて声優がセリフを言うべきなのだが、間に合わない場合、その代用として打ち込んであるものである。 と以上のように展開すれば、現場で流通する「文字」を書いたものが「ボールド」だし、「カチンコ」とイコールではないということも伝わるであろうか。 人為的に作られているものであるにも関わらず、アニメーションになぜ感動するかと言えば、こうしたボールドなどを介してプロセスが積み重なり、重なるごとに人の気持ちが入っていくからなのだ。ということで、完成作品から姿を消すことを前提に使われる「ボールド」にも、アニメの感動の神秘に迫るための、語るべき価値が存在するのである。