COLUMN
自分の身体を動かして、アニメの色味をいじってみたことはあるだろうか? 実はTVのカラー化の黎明期、みんな色を変えて遊んでいた時期がある。身体を動かすことで覚える芸術性への感度の錬磨。そういうものもあるかもしれない……。
ある日ふと気がついた。「そういや、今のTV受像器にはボリュームのツマミがないな」と。いつごろ消えてしまったのか。記憶が定かではないが、たしか1988年ごろに「どうせビデオデッキ経由でしか観ないんだから」と、TV局で使っているマスモニ(マスター・モニター)と同じプロフィール・プロに買い換えてからだろう。その前の1985年ごろの大型TVにもすでに無かったかもしれない。 機械を設計するとき、壊れないようにする最大の秘訣とは何か御存知だろうか? 答えは「可動部分をなくすこと」である。 つまり動くものは、いつかは壊れる。遅いか早いかの差があるだけである。私もメーカー勤務時代、設計した製品に対して工場で品証試験を何度もやったからよく思い知っている。温度試験や落下試験などに加え、たとえば電話機には「連続打鍵試験」という項目があって、一種のロボットみたいな指の代わりをする装置が上下して、北斗百烈拳みたいに「あたたたた」と何百万回もキーをプッシュするのである。 可動部分はテストをクリアする程度の丈夫さは備えているのだが、一番いいのは「ない」ことだ……ってことは、故障を避けるために外付けのボリュームを無くしたのだろう。「電子ボリューム」というソフト制御のものに置き換えた理由は、こうしてすごく良く分かる。 私も中学校のころから趣味でラジオを自分で組み立てたりしたが、音量調整のボリュームは必需品であり、同時に悩ましい存在だった。日本語だと「摺動抵抗(しゅうどうていこう)」と難しい漢字が炸裂する。「摺る」とは「する」と読み、擬音で使われてる「スリスリ」の語源だが、スライドすることだ。そして「ボリューム」とは「量」のことなので、スライドさせることで抵抗を変化させて音量をコントロールする装置。TVについているのは直線スライドじゃなくて回転式だが、原理は同じである。 これの何が問題なのか。何度もスライドしていると、摩耗してきて抵抗の変化がリニアではなくなる。すると音が「ガリガリ」と言い出して、これはガリオームとか俗語で呼ばれていた。就職してからも「ガリってる」で通じたから、けっこう広い範囲で通じるもののはずだ。 さて、これがアニメと何の関係があるのか。関係は大いにある。 言いたいことは、カラーTVの調整を自分の身体を使ってやったことがあるのか、ないのかということである。 前にセル画をレファレンスにしてTVを調整する話をしたことがある。1960年代末から70年代初頭にかけて、日本ではTVのカラー化は一気に普及し、そこでTVアニメも瞬時にカラー化に対応した。わが家にカラーTVが来たのも中学一年生のころのはずだが、そのころのカラーTVは今のように色彩が完全に調整されてはいなかった。もう1台ずつ色味が違っていて当たり前だったのだ。 TVのフレームの脇だったかチャンネルの下かは忘れたが、ともかく一連の調整用ボリュームのツマミがズラリと並んでいた。これがまた、好奇心をそそるものだったのである。特に色相を変化させるツマミが面白くてハマった。これを回すと、いきなりTVに映ってる人たちが酔っぱらいのように真っ赤な肌色になったりするし、逆に回すと「うわあ! 怪人」と緑色や真っ黄色になったりするのだ。そのうち親に怒られるが、やっぱり隠れて何度もやってみたくなるほど面白い。これはおそらくカラー化初期を経験した世代に定番の共通経験だったはずだ。 記憶だと調整できるツマミは、明度、コントラスト、彩度、色相だったはず。勘のいい人はすぐ分かったと思うが、何のことはない、これらはフォトショップでいじれる基本の要素と同じである。なので、今でもある程度は自分でデジタル化した写真は補正できる。もちろんラジオ趣味の他に写真部にいた経験も手伝ってはいるが(焼き込みツールなどはすぐ意味が分かった)、やるとまずは当時のカラーTVのことを思い出したりして、まずとても面白いのだ。 先日も30年前に撮影したセル画の写真を補正した。スキャンしたままだと品質が今ひとつ違っていたので、自分で「リマスター」(笑)してみたわけだ。オリジナルのセルが手元になかったので「たぶん、こんな色だったよな」といじってみて、たまたま当時のペイント経験者の方に見せることが出来たのでチェックしてもらったら、けっこうイイ線行っるとお褒めの言葉をいただいた。そういうのって、文章を評価されるよりも妙に嬉しかったりして。 結局、カラーTVのツマミを回すという「身体を動かすこと」で「アニメの画質を調整する」という経験をしてきたことが、決め手だと思う。「ちょっとしたことでアニメの色味はオリジナルからかけ離れる」というのが身体に染みついているので、今でもこだわりがあるし、デジタル化されたデータもあまり信用していない。 逆にデジタル以後の世代と会話したとき、「これはDVDどおりのデータなので、色は間違っていない。大丈夫」みたいなことを言われて、当惑することも多くなった。たとえばDVD上のデータは、ブラウン管に出画したときにギラつかないよう、そもそも明度や彩度が少し低めに抑えられている。オリジナルなどではないのだ。フォトショップでヒストグラムを表示すれば自明だし、そもそも見た目で薄暗く肌色もくすんでいておかしいはずなのだが……。 DVDキャプチャで作ったとおぼしきムックには、そんなゾンビの世界から来たような写真が平気で並んで掲載されたりしている。正直、DVDからキャプチャするたびに細かく調色している自分にとっては、低劣な品質が横行するとキャプチャ写真自体がダメと思われかねず、迷惑だと思っている。 すべてはまず疑いをもつこと。自分の眼や腕など、身体を通じたものが品質をどれくらいコントロール可能かということに尽きる。アニメとは、自分から肉薄すればするほど、味わい深くなるのだから。