新型インフルエンザに感染している疑いがあった横浜市の男子高校生(17)は1日、ウイルス遺伝子検査の結果、新型でないと確認された。国内初の「感染疑い例」の扱いをめぐっては、厚生労働省と横浜市の間の連絡がぎくしゃくとし、国と自治体の危機管理の際の連携のまずさが浮き彫りとなった。また、感染か否かの確認作業そのものも手間取り、今後に課題を残した。
「緊急事態があった場合、私の判断で、何時であれ真夜中であれ、国民に一刻も早く正確な情報を伝えたい」。初の疑い例が出たとした1日未明の緊急記者会見について、舛添要一厚労相は同日朝、そう説明し、「迅速」な情報発信をアピールした。
ところが、そこでトラブルが生じた。
舛添氏が厚労官僚から高校生の情報を聞いたのは4月30日の午後11時過ぎ。それに伴い1日午前1時15分に記者会見を設定した。しかし、厚労省側は3回目の遺伝子検査の結果が解析不能だった点について横浜市に確認の電話をしたが、つながらない状態が続いた。このため記者会見は予定より20分遅れの1時35分にずれ込んだ。
舛添氏は会見で「危機管理の体をなしていない。こういう時は上に立つ者がリーダーシップを発揮しなければ」と、横浜市の中田宏市長らを批判した。
だが、横浜市側の言い分は異なる。市健康福祉局の説明では、市側が厚労省に一報を入れたのは30日午後9時ごろ。その際「疑い例」に相当するとの見解を聞き、双方で検査終了を待って同時発表を行う段取りを進めた。ところが、1日午前0時40分ごろの3回目の検査結果判明後に、テレビの速報テロップで情報が流れ、報道各社からの電話が殺到。厚労省側の電話に対応できなくなった。そのまま舛添氏が先に会見を開いたという。
疑いを否定した1日夕の厚労省発表を受け、中田市長は「今日は(舛添)大臣に振り回されたというのが正直な感想であります」と皮肉を込めて語った。
中田市長は、陽性診断が確定してから発表すべきだったとの考えを示唆しつつ「(テロップが流れる)直前まで担当同士が話し合ってるわけですから。(大臣は)どたばた先走らないようにしないといけない」とくぎを刺した。
感染情報が今後増えてくれば、厚労省と自治体の間で再び混乱が生じかねない。舛添氏は「ホットラインを全首長と結んでおく必要」を説くが、神奈川県の松沢成文知事からも「厚労相の勇み足」との声が上がっている。【坂口裕彦、鈴木直、山衛守剛、木村健二】
政府は1日、新型インフルエンザ対策本部の「専門家諮問委員会」(委員長・尾身茂自治医大教授)の初会合を開いた。「新型インフルエンザ対策行動計画」と「ガイドライン」は、強い毒性を持つ鳥インフルエンザ由来の新型インフルエンザを想定していることから、「都道府県での対応が厳し過ぎることもある」「都道府県に裁量を与えて、実情に応じた運用にすべきだ」などの意見が出た。【西田進一郎】
麻生太郎首相は1日、横浜市の男子高校生が新型インフルエンザに感染していなかったことについて、「白となったのは良かった。引き続き水際作戦をやっていく必要がある」と述べた。【念佛明奈】
「当初はPCR(遺伝子検査)でもクロということだった。会見を設定したが、PCRは解析不能と連絡があった。解析不能ということで、もう一度やるしかない」。1日未明の緊急会見。舛添厚労相は、感染を確認する検査の不調ぶりに、いらだった様子を見せた。
疑い例となった高校生は、最初に行う簡易検査で新型が属するA型インフルエンザへの感染が確認された。その後、A型のうち季節性のA香港型として知られるH3N2型か、同じ季節性のAソ連型と新型の属するH1N1型かを調べる遺伝子検査を受けていた。横浜市の検査では明確な結果が出ていなかった。
なぜ、市の検査が不調だったのか。市に代わって遺伝子検査を行った国立感染症研究所(感染研)の岡部信彦・感染症情報センター長は「簡易検査のため医療機関が生徒から採取した検体(のどの粘液)に試薬が混ざり、検査の精度を下げたと考えられる」と指摘する。緊急会見後に感染研は、再度検体を採取し、検査したがやはり「解析不能」だった。この点については「治療後(16時間程度の)時間がたっており、必要なウイルス量が不足していたことも原因かもしれない」と説明する。
結局、感染研で検体からウイルス遺伝子を増やし、再び検査を行ったところ、Aソ連型と判明。厚労省は同日夕、新型への感染を否定する結果を発表した。
正確な検査結果を得るにはどうすればよかったのか。厚労省の担当者は「医療機関が検体を採取する際、簡易検査の分とは別に遺伝子検査用の検体を取っていれば、(市と感染研のいずれも検査の不調を)避けることができた。だが、通常は簡易検査で判明するA型を特定すれば治療ができるため、その作業を忘れてしまったのだろう」と最初の段階で2回採取すべきだったと話す。今後、遺伝子検査がスムーズに行えるよう、簡易検査の段階で検体を2回採取することを徹底させる通知を出すという。
感染確認は、新型インフルエンザ拡大を防ぐための重要な入り口。厚労省は「(国内初の疑い例が陰性で)ひとまず安心したが、検査体制を整備し、引き続き対策に万全を期したい」としている。【関東晋慈】
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■男子高校生陽性反応後の経過
<30日>
10時 市内医療機関の簡易検査で陽性反応
12時 市衛生研究所で検査開始
20時 2回の遺伝子検査で明確な結果出ず。市衛生研が国立感染症研究所に相談の電話をするが、連絡取れず
21時 市から厚労省に「感染研に相談しているがつながらない。A型だが、(新型かは)はっきり分からない」と説明。厚労省は渡航歴や症状などから「疑似症」(疑い例)と回答
21時半 厚労省から市に「疑似症なら国内初なので発表しなければならない」と連絡
市健康福祉局から市安全管理局当直に「新型インフルエンザの可能性もある。単なるインフルエンザの可能性もある。今(3回目の遺伝子検査で)調べている」と連絡。当直から危機管理監らに連絡
22時 市が疑似症発生届を厚労省に提出
22時 6分 危機管理監から市長に連絡
23時半 市は2回の遺伝子検査結果と、3回目の検査の途中段階の状況を厚労省に伝える
<1日>
0時40分 3回目の検査結果が出るが、新型か不明。その後、テレビで報道され、市に報道機関から電話が殺到、対応しきれず電話を取らず
1時35分 舛添厚労相が会見。市の対応を批判
*厚労省=インフルエンザ対策室長、横浜市=健康福祉局インフルエンザ対策担当部長
毎日新聞 2009年5月2日 東京朝刊