日本の政治は戦後六十年という節目の年に、大事な人を失った。地元で開かれた別れの会では「社会の価値基準が大きく揺れ動く時、進むべき道を示す羅針盤のような存在だった」と称(たた)えられたという
▼官房長官や副総理を歴任し、九十一歳で亡くなった後藤田正晴さんのことである。四年近い歳月が流れ、社会の価値基準は今まさに、大きく揺れ動いている。今日は憲法記念日。憲法をめぐる羅針盤を再確認しておきたい
▼もはや直接尋ねるわけにはいかないので『「戦後五十年の生き証人」が語る』(田原総一朗著)に頼るとしよう。武力行使を伴う自衛隊の海外派遣の反対論者だった
▼憲法九条を守るためだけではない。<武力を行使して平和を維持する時代は過ぎつつある>と、世界情勢を分析していたのだ。強烈な一言も残している。<武力で他民族をいつまでも支配できたためしがありますか>と
▼台湾で陸軍の将校として敗戦を迎えた。現実の戦場を見た経験が<戦争は双方にとって破滅の結果しかもたらさない>との揺るぎない信念を支えていた。核武装論まで飛び出す最近の防衛論議を聞いたら、烈火の如(ごと)く怒るに違いない
▼<大事なことは、日・米・中の三角形の関係をうまく維持すること、とくにアジアから孤立しないことが肝心ですよ>。これも今なお、羅針盤にしたい後藤田さんの言葉である。