真紀ちゃん お花見

作  竹海 楼蘭    画  まっきぃ    

 それは、真紀ちゃんが小学校に入学したての頃のこと――。

 ひらひらと舞い落ちてくる桜の花びらに、真紀ちゃんはふと足を停めました。
 桜並木に降り積もった花びらは、遠くまでずっと一直線に続いていて、まるで薄紅色の絨毯が敷き詰められているみたいです。
 風もそんなに強くなく、人通りもない裏道ですから、桜のトンネルをくぐっているような、そんな気さえしてくるというもの。
 学校帰り、ちょっぴり冒険して遠回り――神社の境内から公園に繋がる旧参道――になる道を選んだ真紀ちゃん、さっきまでの不安はどこへやら、幻想的な光景を前にして、すっかり心を奪われてしまいました。
「わぁ……」
 お空も地面も、みんな薄紅色に染め上げられた世界を独り占めできているとあっては、急な坂道も舗装されていない道も何のその、たった一人でいることの怖さすら忘れてしまった真紀ちゃんでした。
 そこは、見渡す限りの桃源郷――ならぬ桜源郷といったところでしょうか、いつの間にか、この世ではない、別世界へと紛れ込んでしまったかのよう。
「きれい……」
 舞い散る花びらに誘われるままに、どこか夢うつつのようなお顔の真紀ちゃん、覚束ない足取りが危なっかしいったらありゃしません。
今 度のお休みには、パパとママを誘って、お弁当持参のお花見と洒落込むのも素敵です。お家の近くにこんな絶好の場所があるなんて知ったら、パパがどんなお顔をするのか、今から楽しみで仕方ない真紀ちゃんでした。
 そんなうきうきした気分に水を差すようで何ですが、満開の桜を見上げるようにして歩いている真紀ちゃん、足元にもちょっぴり気を配ったほうがいいと思うのですが――。
「ひゃっ!」
――どてっ!
 ふいに足をとられて、勢いよくつんのめってしまった真紀ちゃん、それはそれは見事なコケっぷりを披露してしまいました。
「……いたたた……」
 桜の花びらがクッション代わりになって、どこも擦り剥いたりしないで済んだのは不幸中の幸いでしたが、何に引っかかったのかが気になります。
 そーっと首を巡らせて、恐る恐る背後を振り返った真紀ちゃん、喉の奥で「ひっ!」と悲鳴を詰まらせてしいました。
 無理もありません。だって、そこにいたのは赤鬼だったのですから!
「……んー?」
 唸り声を上げて目を覚ました赤鬼は、もちろん本物の鬼なんかではありませんでした――そりゃそうです。ワイシャツにネクタイを締めた鬼なんて、いるはずがないですから。
 脇に転がっているお酒の空き瓶といい、脱ぎ捨てられたよれよれのスーツといい、おそらくはお花見の席で羽目を外したまま、今の今までいい気分で眠っていた花見客なのでしょうが、寝癖でぼさぼさの頭に赤ら顔とあっては、赤鬼に見えてしまったのもわかるというもの。
 桜に気をとられて、足元がおろそかになっていた真紀ちゃんは、この赤鬼みたいなおじさんの足につまずいてしまったと、つまりはそういうわけなのでした。
「ぅおぉおぉおぉーっ!」
 座ったまま両手を天に突き上げて、吠え声を上げたおじさん――単に寝起きに伸びをしただけなのですが、真紀ちゃんにはそれが怒っているようにしか見えませんでした。
「ご、ごごご、ごめんなさいっ!」
 怖さのあまりに竦んでしまった真紀ちゃんを、おじさんは――お酒の飲みすぎで――血走った目でじろり。
ふしゅうぅうぅ〜。
 恰幅のいいおじさん、やたらとお酒臭い息からして、ぜんぜん酔いが醒めていないようです。座ったままの目は、どこにも焦点が合っていないように見えますし、ひょっとしたら、まだ酔っ払っているのかもしれません。
「お? めんこい子だのぉ」
 にやーっと笑ったお顔も、怖さのほうが先に立って、真紀ちゃんは震えるばかり。
 酔いどれ状態なのはいいのですが、酒癖まで悪いのですから始末に負えません。このおじさんの場合は、中でも絡み酒という、最悪に近いものがあったようです。
 しかも、転んだ拍子にスカートが捲れて、パンツが丸見えになっている真紀ちゃんの格好は、酔っ払ったおじさんに効果覿面だったようで、
「……ぐふふ、こっちゃこい」
 そう言うよりも早く、手首を掴まれて引き寄せられてしまった真紀ちゃん、これはもう逃げ出すどころではなくなってしまいました。