真紀ちゃん わんわん

作  竹海 楼蘭    画  まっきぃ    

「それじゃ、お留守番よろしくね」
「うんっ」
 おめかししたママに言われて、真紀ちゃんは任せてと言わんばかりに胸を張りました。
 久しぶりに上京してきた伯母さん――ママのお姉さんに当たる人です――と一緒に、たまにテレビで見かける若手演歌歌手のディナーショウに出かけるとかで、真紀ちゃんはというと、ママからお留守番を仰せつかったのでした。
 もっとも、真紀ちゃんも一緒にお出かけしてもよかったのですが、そうすると伯母さんが連れてきた『息子さん』をお家に一人残してしまうことになるので、それも可哀想だと、自分から留守番を申し出たというのが、この場合は正しい表現なのでしょう。
 いえ、『息子さん』という表現は、彼の容姿を見るに、少しばかり正しくないのかもしれません。
「ジョリーも、ちゃんといい子にしてるのよ」
「わんっ」
 何しろ、伯母さんの言いつけに、きちんとお座りして応えた『息子さん』はというと、実に見事な毛並みをしたシベリアンハスキーだったのですから。
「いってらっしゃーい!」
 玄関先でタクシーに乗り込んだ二人――いえ、一人と一匹の――ママをお見送りする真紀ちゃんとジョリーとは、それはもうお互いにちっちゃな頃からの顔見知りでしたから、並んで手と尻尾を振るその光景といったら、仲良しなのが一目でわかるというものです。
 それも当然のこと、真紀ちゃんはご存知の通り一人っ子ですし、ジョリーは子宝に恵まれなかった伯母さん夫婦に実の子供のように可愛がられているということもあって、お互いにいとこ同士に近い印象を抱いているのでしょう、昨日も一緒にお散歩したり、同じベッドで眠ったりと、楽しいひとときを過ごしたばかり。
「おんっ!」
 それを思い出してかどうか、タクシーが角を曲がって見えなくなるやいなや、遠慮なくじゃれついてきたジョリーに、思わずよろめいてしまった真紀ちゃんです。
 というのも、幼稚園に入る前に会ったときには、まだ子犬らしさが抜けていなかったジョリーも、今ではすっかり体も大きくなっていましたから、本人(?)は軽くじゃれついたつもりでも、真紀ちゃんにとっては支えるのでも手一杯なのでした。
「なぁに? お散歩いきたいの?」
 ハスキー犬特有の凛々しいお顔の中にも、茶目っ気たっぷりに輝く青い瞳がそう言っているような気がして、首輪から伸びる紐をぶらぶらさせてみせた真紀ちゃんに、
「わん、わんわんっ!」
 まるで人間の言っていることがわかっているかのように、ジョリーは嬉しそうに吠えてみせました。
 ジョリーがそう言うなら――というよりも、お家でじっとお留守番していても退屈なだけですから、これ幸いとばかりに率先してお散歩に出かけた真紀ちゃん、いつの間にやらジョリーに引っ張られるような格好になってしまったのはご愛嬌です。
「あんっ! ジョリーってば、待ってよぉ!」
 駆け足になってしまった真紀ちゃんの呼びかけも、ジョリーにはまるで聞こえていないみたいです。ちょっと前までは弟のように可愛がっていたジョリーも、人間に換算すれば一年に四回、歳をとるわけですから、今ではジョリーのほうが年上だと言えるでしょう。
 いえいえ、年上年下に関係なく、ひょっとしたら、ジョリーは自分と真紀ちゃんとが、動物学的に異なる存在だと、認識していないだけなのかもしれません。
 そうそう、聞いたところによると、犬が散歩のときに前に出ようとするのは、人間よりも自分のほうにこそ主導権があると思っているからだとか。
 おやおや、これは真紀ちゃん、うかうかしていられないみたいですよ?