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【東亜春秋】山本勲 台湾の“香港化”防げ
台北に赴任して1カ月余りになるが、台湾の底流に大きな変化が生まれているとの印象を禁じ得ない。ひと言でいえば対中融和政策を掲げて昨年発足した馬英九・国民党政権下で、中国の存在感が随分大きくなってきたことだ。筆者は返還前の香港に4年駐在したが、当時を想起させる変化だ。しかし台湾の“香港化”はこの20年の「民主台湾」の歩みに影を投げかけ、東アジアの勢力均衡を揺るがす可能性を秘めている。日米をはじめ西側諸国はこの変化にもっと大きな関心を注ぐべきだろう。
2年ぶりに訪れた台北市郊外の故宮博物院では、わが物顔に大声を交わす中国からの観光客の一団に驚かされた。昨年末に事実上の三通(中台間の直接の通商、通航、通信)が実現したことなどで、中国からの観光客が急増したためだ。当局発表によると、昨年12月には1万人余りだった中国人訪問客が3月には約5万5000人と、5倍増の勢いだ。
テレビや新聞は連日、中台交流の急拡大に関する報道や論議であふれかえっている。4月末に南京で開いた中台の交流団体トップ会談では、航空直行チャーター便の大幅増や定期便化、金融機関の相互進出、中国資本の台湾投資解禁などの交流拡大策で合意した。
今年後半の次回会談では、中台の自由貿易を協定化する経済協力の枠組み協議(ECFA)推進も議題にのぼる見通しだ。中台関係は昨春まで陳水扁前政権の独立路線をめぐり、一触即発の緊張状態を重ねてきた。まさに様変わりだ。
中台の緊張緩和は周りの国にとっても大いに歓迎すべきだが、気になることもある。それは中国共産党政権の巧みな台湾統一工作が馬英九政権の発足後、一気に活発化し始めたことだ。
「まず両岸(中台)の経済、文化などの民間交流を大きく促進し、次に政治的難問に取り組む」−。賈慶林・中国人民政治協商会議(共産党の統一戦線組織)主席は、4月の台湾紙「聯合報」との会見でこう語った。賈主席の言を待つまでもなく、こうした動きはすでに着々と進んでいる。
昨年11月には中国で手広く事業を営む台湾の新興企業家、蔡衍明氏が地元有力メディア・グループ「中時集団」を買収。傘下の新聞「中国時報」やテレビ局(中視、中天)などを通じて肯定的な中国報道を大幅に拡充し、対中経済交流拡大に邁進(まいしん)する馬英九政権への支援を鮮明にしている。
「中国の台湾工作に協力する見返りに対中事業拡大で便宜を得ることで、共産党政権と蔡氏が取引した」(香港紙報道など)との観測がなされている。かつて返還前の香港で有力華僑の郭鶴年(ロバート・クォク)氏が有力英系紙「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」を買収、同紙の報道が親英から親中に様変わりした例を想起させる。郭氏は当時、対中投資フィーバーの先頭を走っていた。
すでに香港系のテレビ局やインターネット・メディアが台湾での取材・報道を活発に行っているが、「バックは中国の党・政府」(台湾メディア筋)との見方が多い。中国はまず香港の財界、マスメディアの“抱き込み”から主権回復工作を始めたが、台湾の現状はこれに酷似している。しかし馬英九政権はこれといった対策を講じていない。
「香港化は台湾の主権と民主体制を脅かす」(蔡英文・民進党主席)との危機感が野党陣営を中心に高まっている。(台北支局長)