「公害の原点」と言われる水俣病は一日、公式確認から五十三年を迎えた。与党は未認定患者救済などをめざす特別措置法案を今国会に提出している。民主党も独自の法案を提出し、与野党による協議が始まっているものの、被害者側の疑念は強く問題解決への道筋は現状では見通し難い。
与党の法案は救済対象を「過去に通常以上のメチル水銀の影響を受けた可能性があり、手足の先ほど感覚障害が強い人」とし、救済内容は一人当たり一時金百五十万円、療養手当月額一万円などとなっている。
原因企業チッソが事業部門を分社化し、子会社の株式配当金などを補償に充てることが盛り込まれた。以前からのチッソの主張を受け入れた形で、被害者側は「加害責任があいまいになる」などと反発している。
さらに、三年以内をめどに救済対象者を確定し、その後は公害健康被害補償法に基づく地域指定を解除するとした。指定が解除されれば、患者認定の道が閉ざされる。「水俣病の幕引きを図る内容」と被害者団体などに強い批判がある。
民主党はチッソ分社化や地域指定解除には反対の立場で、法案は一時金三百万円支給などが柱になっている。だが、裁判で係争中の未認定被害者らでつくる被害者団体は、民主党案をベースとする救済策にも応じない姿勢を示した。民主党の法案は対象者の認定について主治医の判断尊重などを明記したが、弁護団長は「民主党案にも環境省が救済対象者を決めるという問題がある」と述べた。
水俣病については、公害病患者認定をめぐる問題が根底に横たわっている。これまでに約三千人が認定されているが、認定基準が厳しすぎるという声は根強い。一時金支給などを柱とする一九九五年の政治解決に約一万二千人が応じたものの、二〇〇四年の関西水俣病訴訟上告審判決で、最高裁が国より緩やかな基準で被害を認めた。行政と司法で二重の基準が存在する事態となり、現在まで提訴や認定申請が相次いでいる。
現段階では二つの法案のどちらも被害者側の納得を得られそうにない。民主党が複数の被害者団体と法案をめぐり意見交換した際、被害者から「与党としっかり協議してほしい」との声が出た。あらためて与野党が真剣に協議し、恒久的救済策を導き出さなければなるまい。被害者は高齢化している。日本の高度成長の負の遺産解消へ、残された時間は多くない。
教師が子どもの胸元をつかんでしかった行為が体罰に当たるかどうかが争われた訴訟の上告審判決で、最高裁は「体罰に当たらない」との判断を下し、体罰と認め賠償を命じた一、二審判決を破棄した。
教師の行為が学校教育法で禁じる体罰に該当するかどうかをめぐる民事訴訟で最高裁の判断が出たのは初めてだ。指導が難しくなっているといわれる教育現場で、教職員が過度に萎縮(いしゅく)することがないよう一定の配慮を示したともいえよう。
熊本県の小学校で七年前に起きた事案だ。休み時間に女子児童をけるなど悪ふざけをした小学二年の児童を臨時講師の男性が注意。男児が尻をけって逃げたため、講師は胸元をつかみ、壁に押し当ててしかった。
判決は、胸元をつかむ行為に「やや穏当を欠くところがなかったとはいえない」としながらも「肉体的な苦痛を与えるためではない」と指摘。「教育的指導の範囲を逸脱するものではなく、違法性は認められない」と結論付けた。判決はあくまで個別の事例に対する判断を示したもので、指導方法として許される懲戒と体罰の間に明確な線引きがあるわけではない。指導に厳しさが必要なのは言うまでもないが、安易な体罰容認論に流されてはなるまい。
学校現場では体罰を理由に処分を受ける教職員が後を絶たない。その一方で児童生徒の暴力行為や授業妨害への対応が不十分との意見も根強い。文部科学省も二〇〇七年、放課後の居残りや授業中に立たせるといった指導は体罰に当たらないとする通知を出している。
子どもと向き合う教職員の指導の難しさや責任の重さは、今回の判決でも変わることはなかろう。判決を学校本来の在り方を考え直す契機とすべきだ。
(2009年5月1日掲載)