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【芸能・社会】

大山のぶ代、脳こうそくだった テレ朝系「徹子の部屋」で告白

2009年4月30日 紙面から

脳こうそくの回復ぶりを話す大山のぶ代・砂川啓介夫妻。右は黒柳徹子

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 人気アニメ「ドラえもん」のドラえもんの声で長く親しまれた女優の大山のぶ代(72)が、30日放送のテレビ朝日系「徹子の部屋」(午後1時20分)で脳こうそくだったことを告白、これを機に芸能活動を再開させることが分かった。友人の黒柳徹子(75)を前に、女優にとって大切な言語や記憶に障害が出た病状や最愛の夫・砂川啓介(72)との1年間の闘病生活を笑いと涙で明かしている。

 大山は、昨年4月24日に校長と講師を務める音響芸術専門学校(俳優、声優、アナウンサーらを養成する専門学校)で気分が悪くなり、マネジャーと慶応大学病院にタクシーで急行、脳こうそくと診断され、そのまま入院。直前には声が出にくくなり「ボク、ドラえもん…」などと声を確かめてみたという。

 心筋をこうそくしていた血栓が、脳の左前頭葉の毛細血管をこうそく。手術はせず、投薬とリハビリを続け、8月に退院した。9キロやせたという大山はほっそりとした印象。発症した時のことは「あまり覚えていない」。黒柳との言葉のやりとりははっきりしているが、退院当初は「玄関の暗証番号が思い出せず、たし算をしようとするとかけ算になってしまった」としみじみ振り返った。

 砂川は「お医者さんが回復の早さに驚いていた」と笑顔で話す一方で「ボクのことが分からない時があった。性格的に激しく、起伏がでるようになった。今はボクが料理を作っています」と明かした。これを笑顔で聞いていた大山は「あらためてありがとうございます。わがままを直そうと思う。約束します」と涙を流した。

 応援の手紙を送っていたという黒柳は「大山さんとは52年のつきあい。昔の大山さんに戻ったようで良かったわ」。大山は「徹子さんの生き方からも『あきらめない』ことの大切さを考えさせられます。同じ病気の方にも『あきらめないで』と声をかけてあげたい」と話した。

 ●大山のぶ代(おおやま・のぶよ) 1936年10月16日、東京都渋谷区出身。56年NHKドラマ「この鐘」でデビュー。NHK人形劇「ブーフーウー」(60−67年)で黒柳徹子と共演。テレビ朝日系「ドラえもん」のドラえもんの声は74年から2004年まで務めた。01年には直腸がんを克服。夫の砂川啓介はタレントでNHK「おかあさんといっしょ」の初代体操のお兄さん。

 

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