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増谷栄一のアメリカ経済情勢ファイル

ブッシュ大統領、GMとクライスラーに約1.6兆円の緊急融資を発表

-緊急融資の一部はオバマ次期政権と議会に委ねる-

【2008年12月21日(日)】 - 先週末(19日)、ブッシュ政権はGM(ゼネラル・モーターズ)とクライスラーの米自動車大手2社に対し、合計で174億ドル(約1兆5500億円)の緊急つなぎ融資を実施する、と発表した。

 先々週の12日に上院本会議で否決された自動車2社に対する緊急つなぎ融資法案の140億ドル(約1兆2500億円)からは34億ドル(約3000億円)増額となっている。ただ、自動車大手3社(ビッグ3)の一つ、フォード・モーターは現時点では資金繰りに余裕があるとして、今回は緊急融資を求めていない。

 ホワイトハウスによると、174億ドルのうち、大半はGM向けとなる。まず、12月29日に40億ドル(約3600億円)、来年1月16日に54億ドル(約4800億円)、さらに来年2月17日に40億ドルの合計134億ドル(約1兆2000億円)を融資。残りの40億ドルが12月29日にクライスラーに融資される。ただ、GMの2月の40億ドルについては、議会の承認事項となる。

 また、クライスラーの場合、発行済み株式の約80%を保有する最大株主の米投資会社サーベラス・キャピタル・マネジメントが20億ドル(約1800億円)をクライスラー・ファイナンシャルからクライスラーの運転資金に回すことで合意、再建に協力する姿勢を示している。

●融資条件は下院法案を踏襲

 融資期間は3年間。ただ、ブッシュ大統領は今回の緊急融資の条件は、去る10日に可決した下院法案を踏襲するとしている。下院法案によると、GMとクライスラーは、来年3月末までに自力再建の道筋を明らかにしたリストラ計画を改めて示さなければならない。

 これは、今後、2社はリストラ計画の提出をめぐって、労組側のUAW(全米自動車労組)や債権者から合意を取り付けることが必要になってくることを意味する。

 そして、ブッシュ大統領が同法案に基づいて指名する監督委員会("car czar")が、来年2月15日までにコスト削減が進んでいないと判定した場合には、30日以内に2社から融資返済を要求することができる。

 また、来年3月末に提出されたリストラ計画が承認されなかった場合には、5月末まで政府との協議を行う猶予が与えられるが、長期の企業存続の可能性がないと最終的に判断された場合には、強制的に破産法の適用を申請する権限が行使されるという厳しい結果が待ち受けている。

 また、自動車各社は株主への配当金支払いを停止し、政府に融資額の20%相当のワラント(新株予約権)を譲渡しなければならないとなっている。

●緊急融資の財源は金融安定化法の7000億ドル枠

 ホワイトハウスは、今回の緊急融資の財源については、10月に議会で成立しブッシュ大統領も署名した金融安定化法の柱である総額7000億ドル(約62兆3000億円)の不良資産救済制度(TARP)を利用するとしている。これまで、政府は7000億ドルの資金に手を付けることに強く反対していただけに苦渋の決定だといえる。

 ブッシュ大統領は、前日(18日)、首都ワシントンで開かれたシンクタンク主催の講演の中で、「重篤状態にある自動車産業への対策として、秩序ある破産の道も選択肢の一つだ」と述べて、米連邦破産法の適用も視野に入れていることを明らかにした。

 しかし、この日の会見では、「自由主義市場に判断を任せてれば、間違いなく、自動車2社は無秩序な破産、そして、会社資産の売却(清算)に向かうだろう」と述べ、金融支援をしない場合には、経済が一段と混乱しリセッション(景気失速)も長期化するとの判断から緊急つなぎ融資はやむを得ない措置だったとしている。

●ビッグ3の破たん、110万人の失業者の可能性=ホワイトハウス

 ホワイトハウスは、「無秩序な破産」が招く影響について、自動車会社が破たんすれば、GDP成長率が1%ポイント押し下げられ、110万人の失業者が発生し、130億ドル(約1兆1600億円)もの失業保険給付が生じるとする試算を同時に発表した。

 しかし、民間の予想はモット深刻だ。GMとクライスラーの合計で14万5000人の従業員と68万2000人の退職者とその家族が路頭に迷うことになるといわれる。

 また、米自動車研究センター(CAR)が5日に発表した調査結果によると、ビッグ3が破たんした場合の失業者数は、関連業界を含めて250万人なると推定している。

 その内訳は、自動車メーカーが24万人、自動車部品メーカーで80万人、自動車業界以外の消費関連で140万万人だ。この結果、政府は1000億ドル(約8兆9000億円)の税収減になると予想している。

 さらに、民間の経済予測機関、HISグローバル・インサイトの調査でも、GMが破たんすれば政府は1000億-2000億ドル(約8兆9000億-17兆8000億円)の歳出増を招き、失業率も破綻なしの場合の8.5%から9.5%に跳ね上がるとしている。それほど、自動車業界の破たんの経済全体に与える影響は測りしれない。

●議会の承認なしで使える3500億ドルのTARP枠は残りわずか

 このTARPの利用については、問題がある。財務省が7000億ドルのうち、議会の承認なしに使えるのは3500億ドル(約31兆1500億円)だが、すでに、その大半が金融機関の救済のために使われているため、残っているのは150億ドル(約1兆3400億円)とぎりぎりとなっていることだ。

 TARPはこれまでに2500億ドル(約22兆2500億円)が銀行や証券会社、S&L(貯蓄貸付組合)などの金融機関への資本注入に使われ、また、世界保険最大手のAIG救済に400億ドル(約3兆5600億円)、シティグループの救済に200億ドル(約1兆7800億円)、そして、FRBの消費者ローン救済措置で200億ドルなどに使われている。

 このため、今回の174億ドルの緊急融資を実現させるためには、財務省は7000億ドルの残り半分の3500億ドルの利用について議会の承認を得なければならない。

 承認を求める時期については未定だが、ホワイトハウスのジョエル・カプラン次席補佐官は19日、ブッシュ大統領がホワイトハウスを去る前に議会に承認を求める可能性は低いと述べている。

 これは、来年1月20日に正式に大統領に就任するオバマ政権の手に委ねられることを意味する。このため、ヘンリー・ポールソン財務長官は近く、議会幹部とオバマ次期大統領の政権移行チームとの話し合いを進める方針といわれる。

 ワシントンポスト紙は13日付のウエブ版で、オバマ次期大統領の報道官が、もし議会で残り3500億ドルの承認が必要になれば、議会説得のために必要なことは何でもすると協力を約束している。

 ただ、議会では一部議員は住宅困窮者に対する金融支援も要求しているため、自動車業界だけを優遇するとの批判を避けるために、オバマ次期政権は追加景気対策で対応する見通しだ。

●3月末のリストラ計画の焦点は人件費コストと債務の再構築

 今回、緊急つなぎ融資を受けることになったとはいえ、GMとクライスラーは3月末までに示すリストラ計画で、ブルーカラー労働者の賃金に、年金や健保の会社負担分を加えた総人件費の水準を2009年からトヨタ自動車やホンダなどといった外資系自動車メーカーと同一水準にまで引き下げるため、UAW(全米自動車労組)が受け入れるかどうかが焦点となる。

 GMの場合、UAWに加入しているブルーカラーの1時間当たりの平均賃金は29.78ドルに対し、トヨタは約30ドルとほぼ同じになっているが、年金や健保を加えた総コストではGMが69ドル、トヨタは48ドルとなって大幅なコスト高になっているからだ。

 もう一つの焦点は、上院での与野党協議で共和党が要求していた債務の再構築だ。自動車会社側は、社債を保有している債権者との間で、デット・エクイティ・スワップ(債務の株式化)について協議を行わなければならないが、今度のリストラ計画では、債務の3分の2を株式に転換しなければならない。ちなみに、GMだけで債務は600億ドル(約5兆3400億円)の巨額に達する。

 しかし、ビッグ3が今後、この債務の構築を成功させて生き残れるかどうかについて、疑問符が残る。

 米英大手信用格付け会社フィッチ・レーティングスは19日、政府の緊急つなぎ融資の発表を受けたあとでも、GMとクライスラーの発行体デフォルト格付け(IDR)をいずれもデフォルトに近づいていることを示す「C」に引き下げた。IDRは債務を期日通りに履行する能力を評価するもの。

 その理由については、クライスラーの場合は、その企業価値や負債の大きさを考慮すると、デット・エクイティ・スワップは限定的なものに終わるとしている。また、GMの場合も負債の大きさやGMの現在の発行済み株式総額を考慮するとデット・エクイティ・スワップは限定的になるとしている。(了)

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増谷栄一(ますたに・えいいち)

増谷栄一(ますたに・えいいち)

経済ジャーナリスト。北海道生まれ。早稲田政経学部卒。
1988年ジャパンタイムズ入社、編集局記者として世界100カ国の特集記事を制作。
1992年日経国際ニュースセンター編集室総合編集部次長を経て、1996年~2000年まで
米国経済通信社ブリッジ・ニュース東京特派員として日米の政治、経済、マーケットを取材。
1998年から2年間、ニューヨーク、ワシントン支局でアメリカのマーケット、重要経済統計、米政府、
財務省、米議会などをシニア・エディターとして取材。G7財務相・中央銀行総裁会議を3度取材。
その後、米国通信社ダウ・ジョーンズ通信社のコピー・エディターを経て、2001年1月から2004年9月まで
AFX通信社(AFP通信の経済ニュース部門)東京特派員。
2004年4月から2007年3月末までライブドア・ニュース外報部チーフ。
2007年11月まで英米金融情報サービス、トムソン・ファイナンシャルの起債担当記者。
2009年2月から経済ニュースサイト「NNAヨーロッパ」の編集長としてロンドンに駐在中。

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