新聞記者は会社官僚制の中で埋没 だから新しいニーズを掬えない(連載「新聞崩壊」第9回/新聞研究者・林香里さんに聞く)
2009年01月07日10時23分 / 提供:J-CASTニュース
日本の新聞記者は担当部署が2、3年で変わり、専門記者が育たないとよく言われる。その一方で、「地域の問題など身近な話題もカバーしきれていない」という批判も根強い。ロイター通信で記者経験がある東京大学大学院・情報学環准教授の林香里さんに、望ましい「新聞記者像」について聞いた。
――林さんは、新聞社が「身近な話題を取り上げること」の重要性を強調しています。
林 800万とか1000万部を発行するマンモス全国紙は、組織化されていないニーズを掬(すく)いきれていません。しかし、社会が複雑化、細分化している現代では、組織や制度からこぼれ落ちてしまう部分が多く、その部分にこそ多くの問題が生じているように思います。生活世界における子育てや介護学校の中の問題なども、実際そういうところが多いように思います
もう何十年も政党政治は形骸化していて、労働組合もダメだ、となると、だれが社会のさまざまなニーズを掬い上げるか。そこにはメディアの役割があると思うのですが、現実はなかなかそううまくいかない。むしろ、マスメディアは、何か大きな事件が起きると、ワーッといっせいにその方向に流れていってしまう。「マイノリティの問題を探し出す」とかなんとか言っているどころじゃないのが現実みたいですね。
多くの記者は、「認められないネタは、やらない方がいい」
――新聞は、掬いきれていないことが多い、ということですね?
林 新聞で取り上げられると、「新聞が取り上げてくれた!」と喜ぶ当事者はまだまだ多いわけですが、裏をかえせば、普段は目を向けてもらえていない、光の当たっていない問題が多いということです。困難な難病治療、複雑な家庭事情、不公正な労働条件、先の見えない介護労働などなど。たくさんありますよね。新聞については、投書欄もバイアスがかかっている感じがするし。結局、一般読者は新聞に自分たちの存在を認知してもらいにくいことにフラストレーションがたまっている。新聞は規模が大きすぎて、どこか「新聞メタボ」で市民生活に鈍感な状態におちいっているのではないでしょうか。
――新聞は政治・経済に偏りがちで、その狭間を拾うのは不得手。何故そういうことが起こるのでしょうか。
林 トヨタのニュースであれば「トヨタを取材する」正当性(大義名分)の元に取材ができるし、麻生内閣も「支持率が落ちた」となれば、それだけで正当性ができて、すぐに取材ができる。記者クラブもある。ですが、まったく新しいニーズというのは、会社の中では「何故それが大事か」を、まず説明しないといけない。新聞社自体が大きな官僚機構ですから。そうなると、初動にすごいエネルギーが必要になります。多くの記者は、「認められないネタは、やらない方がいい」と、危ない橋を渡らなくなってしまう。外から見ていると、そういう悪循環のシステムができあがってしまったように思えますね。記者一人一人の責任や能力の問題というよりは、記者が巨大システムの中で埋没してしまって自分の意志をもてなくなっている。みんな忙しくて、目先のことに囚われてしまっている。いまはある意味で日本全体がそんな状態かもしれません。でも、記者という仕事は、必ず心のどこかに「余白」を残しておかないと、他人の痛みを感じ取ることができないのではないでしょうか。記者が会社員と違うのは、そういう種類の感受性を要求される仕事だということもあると思います。
――「新しいニーズ」のひとつが、インターネットだと思うのですが、新聞社の中では「ネットは悪の巣窟」のように思われているらしい。
林 本当にイヤだと思うのは、ネットに対する固定的偏見です。ネットにも変なのはありますけど、それを言うなら「マスメディアにも変なのあるでしょ?」って思います。沢山の人が「ネットの弊害が…」みたいなことを言ってきますが、私はそういう単純な図式は絶対に認めたくない。ネットを排除したり、媒体に序列をつけたりすることは、マスメディア側にも百害あって一利なし、です。
――記者が専門性を持つべきだという議論についてはどう思いますか。
林 どの世界にも最低限の知識やスキルは必要ですが、新聞社の場合、ジェネラリストが多すぎるのではないでしょうか。記者さんと仲良くなって「一緒に問題考えようよ」って思っても、2−3年経つとすぐに異動してしまう。もちろん、定期的にローテーションする人がいてもいいとは思うんですけど、情報を扱う企業としては、専門性にも配慮した方がいいですよね。「いまの時代、どんな読み物にもしっかりとした専門性がないと、なんかつまんないですよね。
わかりやすい意味づけをしないといけないという強迫観念
――ロイター通信に3年おられました。英国と日本の記者は違いますか。
林 英米の記者は最後までペンを持っています。日本みたいに一定の年齢になると販売や企画に回されるなんていうことはほとんどありません。書く人は、最後まで書いている。また、生涯ずっと1社にとどまる人は、ほとんどいません。数年したらステップアップのために別の会社に移るのが普通です。担当分野を変えずに、会社を替えるのです。記者は、自分の得意分野で業績をあげ、それをベースに会社を移っていきます。
――地方紙の記者を経て、ニューヨーク・タイムズなどの大手紙に就職する、というケースもありますね。
林 私の知人に、ロイター→ビジネスウィーク→ニューズウィークというキャリアを辿った人もいます。新聞記者は、週刊誌記者ともインターチェンジブル(交流可能)なんです。
――新聞記者自身も迷っています。
林 良心的な人ほど迷っているでしょう。それはやはり、彼・彼女たちが、マスメディアの巨大システムと自分の個人的良心や信条との摩擦を感じているからでしょう。社内では、新しくチャレンジをしようとする士気が低くなっているようだし、また、そういう取り組みを評価するシステムもない。しかし、長期的にはそれを作っていかないと元気な若い人が来なくなる恐れがあります。
――(新聞読み比べサイト)「あらたにす」の新聞案内人をなさっていますね。朝日・読売・日経を読み比べてみて、内容に差はあるものですか?
林 「あたらにす」を見ると、日経は事件報道については落ち着いた報道をしていることに気づきます。事件・事故を、距離を置いて観察している。「経済」という専門性が、そうした冷静さを正当化できるのでしょう。しかし、朝日・読売は、「一般紙」だから、なにか事件・事故が起きると突き放して見ることが出来ず、つい現場で警察と一体となって報道合戦に参加してしまっている。そして、いつも事件に何かわかりやすい意味づけをしないといけないという強迫観念をもっているようです。もちろん、いい意味で意味づけをしてくれればいいのですが、どうもそういう例が少ない。例えば、最近起きたインドのテロ事件では、亡くなった1人の日本人の周辺の話題ばっかり。実際は非常に多くの人が亡くなっているはずなのに、残りの人のことはまったく報じず、一人だけに徹底的にこだわる。これっていったい何なの?!って思いますね。さまざまな現象について、もうちょっと距離をもって報道しようとする姿勢があってもいいのではないでしょうか。プロとして要求されるニュースの選択や価値判断、ぜんぜんされていませんね。思考停止のナショナリズムとセンセーショナリズムが目立ちます。
――新聞はこれからどうしたらいいでしょうか。何かいいアイデアはありますか。
林 ありません。でも、全国紙は部数が1000万とか800万。押し紙があるとはいえ、多すぎますよね。これではどうしても大衆迎合になってしまうのではないでしょうか。近年、全国紙自身が「新聞は変われるか」という問いを立てているようですが、しかしたいていその解には「規模の縮小」という選択肢は入っていません。全国紙は、部数はこのままで、でも変わらなくちゃ、と考えているけれども、ちょっとそれは虫がよすぎるのではないかと思います。いっそ小さくなって、とんがって、出直すっていう選択もあるのではないでしょうか。おもしろいジャーナリズムを考えるなら、そのぐらいの踏ん切りがないとダメなのかもしれません。そうして、日本各地の地方紙も、全国紙のライバルとしてしっかりと自信を取り戻して、いま以上に丁寧に地方や地域からの発信力を強化していってほしいと思います。
林香里さん プロフィール
はやし・かおり ジャーナリズム研究者 東京大学大学院・情報学環准教授。ロイター通信東京支局記者、東京大学社会情報研究所助手、独バンベルク大客員研究員を経て現職。専門はジャーナリズム・マスメディア研究。朝日、読売、日経3社共同の新聞読みくらべウェブサイト「あらたにす」で「新聞案内人」を務める。著書に『マスメディアの周縁、ジャーナリズムの核心』「『冬ソナ』にハマった私たち」など。
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