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発信箱:点と線の愉悦=玉木研二(論説室)

 松本清張は推理小説「点と線」の登場者に時刻表の魅力をこう独白させている。

 <そこにはたいそうな人が、それぞれの人生を追って降りたり乗ったりしている。私は目を閉じて、その情景を想像する。そのようなことから、この時刻には、各線のどの駅で汽車がすれ違っているかということまで発見するのだ。たいへんに愉(たの)しい>

 そこから巧妙なトリックが考案されるのだが、その時刻表の<孤独な、夢の浮遊する愉しさ>は作者自身のものであったに違いない。

 敗戦で復員した清張は、北九州・小倉の朝日新聞社の広告図案の職に戻った。8人家族の生活は苦しい。彼は休日を利用し、ホウキ仲買の内職を始めた。月1回は列車で広島まで行って注文を取る。限られた時間と旅費でもっと効率よく、他の町も回れないか。時刻表を調べて日程を立て、大阪、京都まで足を延ばした。(自伝「半生の記」)

 40歳前。生活に追われ、希望もなく、おそらく最も苦しかった時期である。実際、もっと直接的な動機があったら自殺を企てたかもしれないと彼は書いている。家から新聞社へは線路を歩いて通った。そのずっと先に東京があったが、数年後作家となった自分がそのずっと先にいようとは想像もしなかっただろう。

 今、通算1000号を迎えたJTB時刻表5月号に敗戦直後の全国路線図が復刻されて付いている。目を凝らして見ると東小倉から1本線が南下し、日豊本線と交わる。清張が毎日歩いた線だ。廃線で現在の路線図にはない。

 私はそこに、ぼろ兵隊靴で砂利と枕木を踏み通勤する清張の孤影と、時刻表で未知の土地へ愉悦の想念をめぐらす彼とを思い描いて飽きない。

毎日新聞 2009年4月28日 0時15分

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