刑事裁判に市民が参加する裁判員制度が5月21日に始まるのに向け、模擬裁判が全国の地裁・支部で4年間に約630回開かれた。これまで裁判員役の率直な意見が報道されてきたが、本番では裁判員個人の意見など評議の中身は公表されない。模擬裁判で飛び出した裁判員役の発言は、先入観にあふれたものから、冷静な判断までさまざまだ。【まとめ・松本光央】
さいたま地裁で開かれた傷害致死事件。男性がサンダルで踏みつけられて死亡、被告は直前まで一緒に飲んでいた職場の同僚の男との設定だった。事件が起きたのは10月。自営業の40代男性は評議の場で「10月にサンダルを履く人は少ないはず。被告が怪しい」と発言した。裁判長は「推測や直感でなく、証拠で判断して」と注文した。
福岡地裁で行われた傷害致死事件の模擬裁判では、被告の事件前のわいせつ行為や飲酒運転に着目した60代の男性が「被告は基本的な社会規範を逸脱している。私は最初から犯人説だ」と断言し、50代の主婦も「飲酒運転もしている」と同調した。やはり裁判長は「逸脱行為から死亡させた行為を認定できるとはいえない」と証拠に基づき判断するよう求めた。
スーパーでの万引きに失敗し、逃走中のもみ合いで男性店員に重傷を負わせたという強盗傷害事件。京都地裁で逮捕歴のない21歳無職の男の被告役を演じたのは、細めの体形に優しそうな顔の男性。量刑を巡って裁判員が意見を出し合ううち「気が弱そうで実刑は可哀そう」との意見が出た。
タクシー運転手が車内で殺され金を奪われた強盗殺人事件を題材にした静岡地裁でも「被告の顔はとても強盗殺人を犯すようには見えない」との発言が出る一幕があった。
タクシー強盗を企てた男が強盗致死罪などに問われた大津地裁の模擬裁判では、遺族の処罰感情を量刑に反映させるかに議論が集中した。農協職員の40代男性は「遺族感情を考慮するということは、極端に言えば家族がいない人が被害者ならば被告の罪が重くならないということなのか」と疑問をぶつけた。
京都地裁での強盗傷害事件では、情状酌量を巡って公務員の50代男性が「例えば親の不治の病の薬代のために盗むなどの事情でないと認めるべきではない」と発言した。
▽元東京高裁判事の高橋省吾・山梨学院大法科大学院教授の話 先入観や見た目で判断するのではなく、法廷で取り調べられた証拠に基づいて事実認定をするのが鉄則だ。評議の場では遠慮なく質問して自分の意見を述べてほしい。他の人の意見も聞き、自分の意見が誤りならば固執せず、より良い意見に変える柔軟性が求められる。そういう意味での「乗り降り自由」が原則であってほしい。
毎日新聞 2009年4月28日 2時30分