鳩山大臣、チャンスですよ!:山形浩生(評論家兼業サラリーマン)
たんなるパフォーマンス
鳩山総務相が東京中央郵便局の建て替えに口を挟み、建て替え計画が少し変わったのを、ぼくは多少鼻白む思いで見ていた。大学での専攻もあって建築物保存には多少の関心もあるし、価値ある建物が残るのはよいことだ、とは思う。かくいうぼくは自腹で伝統的建造物の保存に貢献しているんだよ。実際に住んでいるんだから。
だが、今回の鳩山総務相の騒ぎ方は、たんなるその場の思いつきにしか思えなかった。多くの人も、郵政絡みのパフォーマンスとしてしか見ていない。昔から関心があって、この問題について発言や行動をしていたわけじゃない。口を挟むなら、計画段階でいくらでも機会はあったのに。
そしてまた、保存についての何か論理や哲学があるわけでもない。古いというだけで保存するのが文化だとは、ぼくは思わない。何が優れているのか、どこを残すべきなのかについては、もっときちんとした理由が必要だと思う。まして「昔、切手を買いに来た」なんていう政治家個人のノスタルジーが、いささかでも根拠になるとは思わないのだ。そして、ちょっと保存部分を増やしておしまいという決着の仕方は、当人が全然本気でなかったことを端的に示しているとは思う。
が、ぼくが間違っているのかもしれない。彼は本気で古い建物を保存するのが重要だと思っていたのかもしれない。伝統的建造物の保存に日ごろから腐心しているのかもしれない。もしそうなら、不明をお詫びしたい。そしてもしそうであるなら、ぼくは彼にぜひとも口を利いてほしいものがある。
歌舞伎座だ。
いま東銀座にある、あの歌舞伎座を壊してビルにする計画が決まっている。どうですか、鳩山総務相。あなたの文化の血は騒ぎませんか。すでに有形文化財に指定済みの代物。まさにトキの焼き鳥ですよ! 文化なんて、それだけでは空疎なお題目だけれど、歌舞伎座は日本文化のある側面を代表する象徴であると同時に、観光資源としても目玉の1つで、経済的な価値だってあるのだ。ぼくは個人的には、一部の役者一家が趣味にあわないので、文楽を観にいくほうが多いけれど、文楽観に国立劇場に出かけるのと、歌舞伎観に歌舞伎座にでかけるのとでは雰囲気が違うし、異人さんを連れていったときの喜びようも違う。
それを壊しちゃっていいのか? しかもそれをもっとすごいものに建て替えるならともかく、申し訳程度に軒先だけ残したような、つまらないオフィスビルに建て替えるなんて? 観光庁(というのが昨年10月にできているんだけれど、皆さまご存じですか?)はこれについて何か騒がないの? ああいう観光資源をまともに残せずに、何の観光立国ですか?
鳩山大臣、チャンスですよ!
建て替えの検討に当たっては、石原知事が「銭湯みたいな建物」とけなし、それに松竹の経営陣が食いついて、これ幸いとばかりに建て替えようとしているんだとか。やれやれ。石原知事の審美眼には期待するまい。芥川賞でも彼のコメントはいつもひどい代物だし、あの人の小説がそう大したもんだとは思わない。だけれど、歌舞伎座をなくして東京にとって本当に有益なのかを考えたのか? 「オペラ座みたいなのがいい」とのたまったとか。でもオペラ座を壊そうってやつは、そもそもいないでしょうに。
だが、ありがたいことに(というべきか)ここ数カ月で世界的な大不況が降って湧いてきた。松竹さん、この経済環境で本当に再開発したい? バブル崩壊初期に無理やりつくったいくつかの大規模開発は、当初想定家賃を半分にしてもなかなかテナントが入らずに塗炭の苦しみを味わったのをご記憶でしょうに。松竹セントラル跡の開発は時期的によかったから、そこそこ成功したように聞いているけれど、いまからでは2匹目のドジョウはいないと思うぞ。そして彼らの社内にも、少し様子を見たいと思っている人はいるんじゃないか。
だから鳩山大臣、チャンスですよ! ここで一発口を利けば、石原知事なんかよりも審美眼も文化的な気概もあるところを見せられますぜ! それを松竹社内の慎重派がうまく拾って、あの建物が残るか――あるいは再開発するにしても、もっとコテコテ悪趣味な代物にしてくれるか――すれば、日本の重要な観光資源を救った人物として歴史に名が残る、かもしれませんぞ。
伊藤滋先生――というのはぼくの恩師でもあり、歌舞伎座の再開発計画をまとめた委員会の座長でもあり、日本の景観のあり方にも一家言ある方だ――も、立案当時とは状況が激変したんだから、再開発計画に追加コメントでも出してくれませんか。
歌舞伎座はもう割増料金で閉館特別公演を始めちゃったけど、保存が決まったら金を返せという人はたぶんあまりいないだろうし、いまなら傷が浅くて済むと思うんだが。何とか考え直してもらえないものだろうか。
鳩山総務相が東京中央郵便局の建て替えに口を挟み、建て替え計画が少し変わったのを、ぼくは多少鼻白む思いで見ていた。大学での専攻もあって建築物保存には多少の関心もあるし、価値ある建物が残るのはよいことだ、とは思う。かくいうぼくは自腹で伝統的建造物の保存に貢献しているんだよ。実際に住んでいるんだから。
だが、今回の鳩山総務相の騒ぎ方は、たんなるその場の思いつきにしか思えなかった。多くの人も、郵政絡みのパフォーマンスとしてしか見ていない。昔から関心があって、この問題について発言や行動をしていたわけじゃない。口を挟むなら、計画段階でいくらでも機会はあったのに。
そしてまた、保存についての何か論理や哲学があるわけでもない。古いというだけで保存するのが文化だとは、ぼくは思わない。何が優れているのか、どこを残すべきなのかについては、もっときちんとした理由が必要だと思う。まして「昔、切手を買いに来た」なんていう政治家個人のノスタルジーが、いささかでも根拠になるとは思わないのだ。そして、ちょっと保存部分を増やしておしまいという決着の仕方は、当人が全然本気でなかったことを端的に示しているとは思う。
が、ぼくが間違っているのかもしれない。彼は本気で古い建物を保存するのが重要だと思っていたのかもしれない。伝統的建造物の保存に日ごろから腐心しているのかもしれない。もしそうなら、不明をお詫びしたい。そしてもしそうであるなら、ぼくは彼にぜひとも口を利いてほしいものがある。
歌舞伎座だ。
いま東銀座にある、あの歌舞伎座を壊してビルにする計画が決まっている。どうですか、鳩山総務相。あなたの文化の血は騒ぎませんか。すでに有形文化財に指定済みの代物。まさにトキの焼き鳥ですよ! 文化なんて、それだけでは空疎なお題目だけれど、歌舞伎座は日本文化のある側面を代表する象徴であると同時に、観光資源としても目玉の1つで、経済的な価値だってあるのだ。ぼくは個人的には、一部の役者一家が趣味にあわないので、文楽を観にいくほうが多いけれど、文楽観に国立劇場に出かけるのと、歌舞伎観に歌舞伎座にでかけるのとでは雰囲気が違うし、異人さんを連れていったときの喜びようも違う。
それを壊しちゃっていいのか? しかもそれをもっとすごいものに建て替えるならともかく、申し訳程度に軒先だけ残したような、つまらないオフィスビルに建て替えるなんて? 観光庁(というのが昨年10月にできているんだけれど、皆さまご存じですか?)はこれについて何か騒がないの? ああいう観光資源をまともに残せずに、何の観光立国ですか?
鳩山大臣、チャンスですよ!
建て替えの検討に当たっては、石原知事が「銭湯みたいな建物」とけなし、それに松竹の経営陣が食いついて、これ幸いとばかりに建て替えようとしているんだとか。やれやれ。石原知事の審美眼には期待するまい。芥川賞でも彼のコメントはいつもひどい代物だし、あの人の小説がそう大したもんだとは思わない。だけれど、歌舞伎座をなくして東京にとって本当に有益なのかを考えたのか? 「オペラ座みたいなのがいい」とのたまったとか。でもオペラ座を壊そうってやつは、そもそもいないでしょうに。
だが、ありがたいことに(というべきか)ここ数カ月で世界的な大不況が降って湧いてきた。松竹さん、この経済環境で本当に再開発したい? バブル崩壊初期に無理やりつくったいくつかの大規模開発は、当初想定家賃を半分にしてもなかなかテナントが入らずに塗炭の苦しみを味わったのをご記憶でしょうに。松竹セントラル跡の開発は時期的によかったから、そこそこ成功したように聞いているけれど、いまからでは2匹目のドジョウはいないと思うぞ。そして彼らの社内にも、少し様子を見たいと思っている人はいるんじゃないか。
だから鳩山大臣、チャンスですよ! ここで一発口を利けば、石原知事なんかよりも審美眼も文化的な気概もあるところを見せられますぜ! それを松竹社内の慎重派がうまく拾って、あの建物が残るか――あるいは再開発するにしても、もっとコテコテ悪趣味な代物にしてくれるか――すれば、日本の重要な観光資源を救った人物として歴史に名が残る、かもしれませんぞ。
伊藤滋先生――というのはぼくの恩師でもあり、歌舞伎座の再開発計画をまとめた委員会の座長でもあり、日本の景観のあり方にも一家言ある方だ――も、立案当時とは状況が激変したんだから、再開発計画に追加コメントでも出してくれませんか。
歌舞伎座はもう割増料金で閉館特別公演を始めちゃったけど、保存が決まったら金を返せという人はたぶんあまりいないだろうし、いまなら傷が浅くて済むと思うんだが。何とか考え直してもらえないものだろうか。
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月刊誌『Voice』は、昭和52年12月の創刊以来、激しく揺れ動く現代社会のさまざまな問題を幅広くとりあげ、つねに新鮮な視点と確かなビジョンを提起する総合誌です。
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