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開化期の国づくりに貢献した福沢諭吉は、味わい深い言葉を多く残した。「およそ世の中に何が怖いと言っても、暗殺は別にして借金ぐらい怖いものはない」と自伝で述べている。1万円札に刷られた人の遺訓と思えば説得力がある▼その先達を嘆かせるように、この国の借金は膨れるばかりだ。自治体を合わせた債務の残高は800兆円にのぼる。企業や家庭なら、とうの昔に身動きならない雪だるま状態だろう▼政府は補正予算案を国会に提出した。その15兆円を合わせると、今年度の国の予算は史上初めて100兆円を超える。不況下に浮揚策は必要だが、新規の国債も最高になる。その額44兆円は税収の総額にほぼ並ぶそうだ。家庭でいえば、実入りと同額の借金でしのぐ危うい暮らしである▼それにしても「100年に一度」の言葉は、いつしか政府与党の護符になった感がある。「だから解散している場合ではない」「だから思い切った刺激策を」――。何でも弁護してくれる。高速道路の「千円」も、補正の大盤振る舞いも、護符をぺたぺた張った選挙対策に見えてくる▼諭吉が借金を恐れたのは「必ず返済せねばならぬ」かららしい。国の借金も変わらない。ツケは必ず将来に回る。増税の靴音はもうそこに聞こえている▼思えば諭吉だけでなく、5千円札の一葉も千円札の英世も、金には縁遠い家に生まれた。だが、知っての通りの賢人ぞろいだ。政府の言う景気対策のための「賢い使い方」なるものを、国会論戦を眺めつつ雲上で吟味し合っているに違いない。