世界保健機関(WHO)は新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)の警戒レベルをフェーズ4へ引き上げた。メキシコで死者が約150人に上り、米国や欧州にも感染が広がっている。日本国内でいつ感染者が出てもおかしくない。
フェーズ4は「動物もしくは人と動物の混合ウイルスが、地域レベルで人から人への感染を引き起こすことが確認された」という段階だ。政府は対策本部を設置し、航空機の機内検疫など水際対策に乗り出した。感染を疑われた人は任意で受診を勧めることしかできなかったが、感染症法に基づいて強制入院の措置を取る。また、感染症危険情報を出し、メキシコ在留邦人に早めの退避を検討するよう求めている。
ただ、どれだけ水際対策をしても、くしゃみ、せきなどで大量にウイルスは拡散し、このウイルスの免疫を人類のほとんどが持っていないことを考えれば、いつどこから上陸するかわからないのが現実だ。WHOは「封じ込めは現実的ではなく、感染の軽減策に焦点が当てられるべきだ」として国境封鎖や旅行規制などは行わないよう各国に勧告した。
国内で感染者が出ることを過度に恐れるのではなく、帰国者の健康観察、病院の診察体制を充実させ、医療現場-自治体-厚生労働省へのすみやかな情報伝達に万全を期すべきだ。タミフルなどの治療薬の確保のほか、手洗い、うがい、マスクなど身近な予防策に効果があることもさらに周知徹底させる必要がある。
一方、国内のワクチン製造能力には限界があり、毎年多くの犠牲者を出している季節性インフルエンザ、さらに毒性の強い鳥インフルエンザ対策を後回しにしてまで、豚インフルエンザワクチンの製造を優先するかどうかはもう少し事態を見極めるべきだろう。メキシコで多くの死者を出しているのに米国などで軽症にとどまっているのはなぜか。医療や衛生、栄養などの要因が致死率の違いとなって表れているのかもしれない。あるいはウイルスが変異して強い毒性をもつようになったのかもしれない。90年前のスペイン風邪は当初ほとんど死者が出なかったが、強い毒性にウイルスが変異したと言われ、結果的に世界で4000万人の死者を出すに至った。
24時間地球上を航空機が飛び交う現在、90年前とは比較にならない速度でウイルスは世界に広がる恐れがある。だが、「あいさつのキスや握手は控えるように」というメキシコ大統領の呼びかけ映像が各国でほぼ同時に見られる時代にもなった。風評被害をもたらす空騒ぎは厳に慎み、最新の情報と研究・知見を総動員し、この危機に取り組もう。
毎日新聞 2009年4月29日 東京朝刊