(cache) アカマダラコガネ

　近年、佐藤・鈴木・槙原（2006）のように、アカマダラコガネの幼虫がハチクマなどの猛禽類の巣から見いだされる例が報告されている。しかし、現時点ではそれが本種幼虫の普遍的な生息環境であると断定するのは難しい。単に幼虫期の生態の一端がとらえられただけに過ぎない可能性もあるからだ。
　たとえば伊賀（1955）によると、本種の幼虫は堆肥・藁屋根等の植物の腐植中で育つ、という。実際、筆者も奈良県下において2007年７月８日に農耕地脇にあった堆肥中から幼虫２♂を見いだしている。また、飼育下では市販の広葉樹材マットで容易に産卵・成育させることが可能だ。
　野外での観察記録と飼育下での観察例を同一に語ることはできないにしても、広葉樹マットを用いただけの環境でたやすく累代飼育できる事実は、やはり無視できるものではない。
　今でこそ各地で稀種扱いされてはいるが、日本が高度成長期を迎えるよりも以前、里山と呼ばれる領域にまだ活気があった時代には、アカマダラコガネはちょっとした雑木林にでも普通に見られるありふれた虫であった。それ故、里山の衰退や乱開発が今日の個体数減少をもたらした要因であろうことは容易に推測できる。が、その減少をもたらした直接の原因が、猛禽類の生息数の減少によるのか、安定的な堆肥の生産活動が途絶えたことによるのか、これらの因子が相乗的に働いた結果か、あるいは全く別の要素が絡んでのことなのか、実のところまだよく分かっていないのである。
　ただ個人的には、現に野外の堆肥中から幼虫が採集されている事実からも、幼虫の生育環境は必ずしも猛禽類の巣材周辺に限定されないとは考えている。^※１

・成虫・幼虫の雌雄（オスメス）判別方法
　ところで、アカマダラコガネの少なくとも終齢期に達した幼虫は、コガネムシ科（林，1987）に同じく、（腹部）第９腹節腹面後方中央付近における１褐色点の有無で雌雄識別が容易である（要ルーペ）。なお、皮下の卵巣の有無でも雌雄判定できるかもしれないが、視認し難いこともあり私はこの方法を試みていない。一方、成虫の形態に現れる性差は軽微と言わざるを得ない。腹部尾節背板の隆起も、雌雄個体を直接見比べているにも関わらず、判然としないことがある。比較対象の無い１個体による雌雄判別は慣れぬときびしいことがあるかもしれない。

・アカマダラコガネの生活環について
　本種は糞で固めた蛹室（繭）の中で主に夏期に羽化し、晩夏頃より出現する。発生した新成虫は摂食活動を行った後に越冬に入る。翌春４～５月頃より活動を再開し、後食により成熟し繁殖する。摂食物は樹木の樹液の他、訪花し花粉（他）も加害する。また果実などにも来集する。
　なお、なんらかの原因で幼虫の生育が遅延した場合、幼虫のままで越冬、もしくは蛹室内で成虫越冬するケースが考えられる。2008年10月上旬現在でも、筆者の飼育下では終齢幼虫、前蛹、蛹の段階の個体がそれぞれいる。今後の経過に注目したい。^※２

寿命に関しては、飼育下では広葉樹マットと昆虫用ゼリーという簡素な飼育環境でも、晩夏～初秋の羽脱より、少なくとも３年近く生存するものがいる。
　　例　飼育個体１♂　2005年９月24日蛹室脱出－2008年７月20日死亡
　　また飼育♀成虫の中には少なくとも２年連続して産卵するものを確認している。産卵時期は飼育下ではおおよそ４～６月頃である（大阪府）。
　興味深いのは成虫がみせる初夏以降の生態である。春からの繁殖や産卵行動が一段落した６月下旬ごろより、活動が著しく鈍り始めるのである。そして夏の暑い盛りには雌雄共にマット内で休眠状態となり、中には１ヶ月以上マット中で静止を継続する個体まで現れる。^※３ただし、ときおり活動を短く再開させる個体もみられることから、活動の鈍る期間も餌は施与し続けるほうが無難である。
　大阪府の野外でも７～８月上旬頃にクヌギやコナラの樹液周りでポツリポツリと散発的に観察されるが、これも休眠から一時期目覚めて採餌に訪れた個体が含まれているのではないかと疑っている。
　　例　2006年７月29日　１♂　大阪府　クヌギ樹液より採集
　　　　 2007年７月22日　１♂　大阪府　クヌギ樹液より採集
　　初秋にクヌギ・コナラの樹液に来集する個体の多くは新成虫だが、ときには

節欠損など傷みのはげしい旧成虫らしき個体が混じる。野外個体は飼育個体に比べて栄養摂取の問題や外敵などの様々な死亡要因が加わることから、平均して短命であると考えられるが、少なくとも蛹室脱出から１年程度生存する個体がいることは間違いなかろう。

・昼行性？夜行性？
　本種は昼行性の傾向を示す。筆者の野外観察例の大半は日の高い時間帯で占められている。飼育下でも、昼間の気温上昇と共にマット中からはい出て、採餌は無論、ケース内を飛んだり徘徊したりと騒々しくなる。
　ところが、採餌行動に限ると、夜間も餌場に延々と居続ける姿が観察されている。具体的には夜間にクヌギやコナラの樹上で樹液を舐める姿がよく観察されている。また、飼育下では夜通しゼリーの中に頭をうずめたままでいる姿が観察されるのである。
　しかし、カブトムシのように日が暮れてから動きだし、樹液周辺に訪れたというふうではなく、昼間のうちに樹液場やゼリーに訪れ、そのまま居着いているだけのようにみえるが、どうだろう。本種が夜間灯火に飛来した例も報告されているようだが、昼行性の昆虫類も灯火に飛来することは珍しくないので、これだけをよりどころに夜行性だとするのは無理がある。

－アカマダラコガネ－
甲虫目コガネムシ科　Poecilophilides rusticola　（ＢURMEISTER）
分布　北海道、本州、四国、九州、済州島、朝鮮半島、シベリア東部、中国、モンゴル．体長１４－２０㎜（黒澤，1985）。

※１　太古、人為の影響がほとんど及ばなかった時代ならば、幼虫の成育環境は樹洞内の土化した腐植中や朽木周辺、そして大型鳥類の巣材等だったのかもしれないが・・・。
※２　本文にも記しているように、野外と飼育下を同一視することはできない。成育に好適とはいえない環境では、幼虫の成長が遅れる以前に死滅してしまう可能性すら野外にはある。飼育下での観察記録はあくまで参考である。
※３　飼育下において、少なくとも秋の発生から２度冬を経験した古い個体の中には、夏以降マット中からほとんど姿を現さない個体までいた。

参考文献
佐藤隆士　鈴木祥悟　槙原寛　2006．アカマダラハナムグリのハチクマ巣利用．昆蟲．ニューシリーズ９（２）：46-49．
伊賀正汎　1955．原色日本昆虫図鑑（上）甲虫編：103．
黒澤良彦　1985．原色日本甲虫図鑑（Ⅱ）：414．
林長閑　　 1987．日本の昆虫８　ミヤマクワガタ：47-49．

・・・採集した成虫の子供は、親の採集場所に同じ性・頭数を逃がしてあげた。いつまでも自然の中で見ていたいものである。