(cache) 奈良県春日山のブナ類低標高地に自生するイヌブナ

奈良春日山のブナ類　　低標高地に自生するイヌブナ
（大阪府のより低標高地に自生するイヌブナ）

　このような話題をとりあげても、自生株と植栽株の違いを意識されていない方が多くて、話のかみ合わないことが多い。そこで誤解を招かぬよう書いておくが、ブナクラス域の植物でも人が植えたものなら、関西でも低地の植物園で通常展示されており、また庭木や街路樹としてもある。今回着目するのは、そのような人の管理下にある植栽株やそれ由来とおぼしき個体ではなく、あくまで人の手によらない自生個体の、より低緯度・低標高地における所在である。
　また関西周辺の話題であるから、海岸線近くまで生育が知られる寒冷地のブナ類を引き合いに出されても仕方がない。

　奈良県北部に位置する春日山は、一般には照葉樹の森といわれている。ふもとのイチイガシやツクバネガシの巨樹群、鬱蒼と茂るシイ類の林冠、花山周辺のアカガシの樹容などを思い起こされる方も多いことだろう。しかし、この山塊にはわずかながらも温帯性、または寒地性植物の生育が知られており、（岡本　1997）によれば、イヌブナ（久米道民　採）とブナノキが記録されている。そのうちブナノキに関しては、残念ながらその記録を裏付ける標本の行方がわからなくなっており（北川　1997）、参考にされることは少ないが、イヌブナの記録は確かなもので、その後の（小清水、岩田　1971）や（小清水、平田善文、岩田重夫　1975）にも記載されている。
　では、春日山の標高はというと、「春日山」という名称の捉え方により若干上下してしまう。
（小清水、菅沼　1971）によれば、春日山の山名は同地域の漠然とした範囲を示す、いわば総称として用いられる場合と、厳密な範囲を示す場合とがあるという。仮に山塊の総称の意で用いられていた場合、そのピークは芳山517.9ｍとなり、イヌブナの記録はそれ以下の標高から得られたことになろう。後者であれば春日山（花山）498.0ｍより下方となる※。いずれにせよ標高500ｍ前後が上限の記録であり、大阪府南部でのおよそ650ｍ前後の値からすれば、相当低い標高からの記録であることには違いない。

　なお、私が関西で確認した最も低緯度・低標高の自生のブナ類は樹高７ｍ前後のイヌブナ壮齢木で、奈良県南部、吉野郡上北山村の標高510-520ｍに現存する。付近には薪炭林から逸出したとみられるウバメガシも生育しており、イヌブナ－ウバメガシという異様な光景となっている。ただ、このようなブナ類の所在を意識的に探索したことはこれまで無く、同個体も偶然知り得ただけのものである。より南方の低地に自生する可能性は十分あろう。

　追記(2008.5.8)．大阪府では2008年５月上旬、南河内郡河南町標高およそ470－550ｍの範囲から少なくとも11株のイヌブナ自生が認められた。最大で胸高（1.3ｍ）周囲長122㎝のものが１株、他におよそ108、90、89、66、56㎝のものがみられた（株立ちの著しいものは計測せず）。およそ470-480ｍの標高地から見出された個体の胸高周囲長は44㎝の若木であった。各々の樹高は目測で７～13ｍ程度、全ての個体で地際からの萌芽がみられた。大阪府において最も低い地に存在する自生イヌブナ群落の一つとみられる。

・・・春日山とはいえ花山の主に東斜面では、かなりの範囲が植林地となっており伐採も行われている。景観への配慮から、奈良公園や遊歩道からは見え難くされているだけである。また、春日山原始林などと称されたりもするが、率直にいってもう名ばかり。どこの世界に100ヘクタール程度の土地に、シカ1000頭余りを抱える原始林があるのか教えて欲しいぐらいだ。シカの保護を強く訴える方々もおられるが、シカさえ守ればそれで良いのだろうか。『シカを守って森を守らず』ではまさに本末転倒ではないか。シカを守れというなら、その土地に適正な個体数を守れと言いたい。今のままでは、『シカによる集客力を守れ』のように聞こえてしまうのは私だけだろうか。

画像・・・（上）春日山　奈良県奈良市
　　　　　（下）イヌブナ　河南町標高約550ｍ(2008.5.8掲載)

※小清水、菅沼（1971）と国土地理院１/25000地形図（2008年2月現在）の間で、各ピークの標高（海抜）には若干の差異が生じている。今回は国土地理院の数値に準じた。

参考・引用文献　
岡本勇治　1997．大和植物志　復刻版（初版 1937）：50 ．
北川尚史　1997．大和植物志　復刻版：1-11（5）．　
小清水卓二、平田善文、岩田重夫　1975．特別天然記念物春日山原始林緊急調査報告書
：49-73（53）．
小清水卓二、菅沼孝之　1971．奈良市史自然編：109-111（111）．
小清水卓二、岩田重夫　1971．奈良市史自然編：147-187（152）．

大阪府南河内郡河南町に自生イヌブナを確認(2008.5.8記)

画像１．標高490-500ｍで確認した自生個体。画面中央の枝垂れた枝ぶりの樹がイヌブナ。藪がひどく接近するのに少々手間取った
画像２．標高540-550ｍで生育していた個体

画像３．今回、最も標高の低い470-480ｍ地点で発見されたイヌブナ（画面中央）

２００８．５．８記
２００８．１２．１１　画像３およびその解説を追加

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