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2009/04/29

若き日本人を支援する「後藤基金」

シンガポール〈’09‐’10〉 (地球の歩き方) シンガポール〈’09‐’10〉 (地球の歩き方)
価格:¥ 1,575(税込)
発売日:2008-12

後藤さんちの話です。引退したらしい。今ではフツーの人になったというんだが、アレだけの大物なので、そら、色々とあるわけだ。で、元・読売新聞記者のジェイクが書いているんだが、後藤さんの新しい戦略の一端が明らかになってきたので、紹介してみようと思うんだがね。




①在日系ヤクザが山口組及びヤクザ全体を乗っ取っており、日本の安全と未来を脅かしています。
②自分は純粋な日本であるからこそ、山口組上層部の在日系幹部らに追い出されました
③彼の処分とは、在日系ヤクザが、日本人ヤクザを抑圧している証拠である。
④後藤元組長が殺されたら、日本人ヤクザは全員が追われる身となる日が到来します
⑤社会貢献・起業したい若き日本人に資金提供するなどして応援する「後藤基金」を作りたいこと。それによって日本国家を再び繁盛させます。
4/18にインドネシアに向けて出発、28日現在、シンガポールに滞在中だそうで、修行の旅ですか。で、
若き日本人を支援する「後藤基金」とか、在日系ヤクザの排除とか、なんだか不思議な事を言ってるようなんだが、
確かに山口組弘道会には在日系ヤクザが多いと言われています。逆に山口組山健組には同和系ヤクザが多いそうです。ヤクザ社会全体を「在日」「同和」「日本人」の三種で成しています。(中国系ヤクザもいるそうですが)。これまでにみんなが仲良く活動してきました。だが、一部の人は「在日ヤクザは北朝鮮 (また韓国)の操り人形」と言いふらして彼らの愛国心と忠実心をけなすなどしています。そのため、某在日系暴力団幹部らがわざわざと靖国神社を参拝して自分が日本人と同じ心境を持っていることを見せなくちゃならない状況となりました。
ヤクザを、在日系と日本人系に分けるという事自体が、なかなか妙ではあるんだが、司法当局もこれは歓迎する意向だとか。在日系ヤクザを北朝鮮に結びつけて叩けば、とりあえず今の日本では北朝鮮というのは
国民の敵ナンバーワン」なので、誰も文句言えないわけだ。で、ずいぶん唐突な感もあるんだが、ここんところは、後藤さんの爺さんの事を考えると、多少は納得できるかも知れない。

後藤組の後藤忠政という人は、富士川発電や伊豆箱根鉄道を興した後藤幸正だと言われているんだが、この後藤幸正という人物には奇妙な伝説があるわけです。というのもM資金絡みなんだが、M資金というと「詐欺」の代名詞とされているんだが、その元ネタとなった「東京湾金塊引揚げ事件」というのがあったわけです。Amazonでも売ってますね。
追跡・M資金―東京湾金塊引揚げ事件
価格:¥ 1,937(税込)
発売日:1995-07

「M資金」をめぐる話題は、戦後史のあらゆる期間をとおして絶えることはなかった。ロッキード事件の最中に問題化した全日空社長の「大庭念書」をはじめ大日本インキ、富士製鉄、神戸製鋼、東急建設、明電舎、丸善石油、TBS、特殊製紙、日産自動車や俳優田宮二郎の猟銃自殺など多くの企業人が自殺したり失脚した背後に、M資金の存在がとりざたされた。M資金とはなにか、その原資とされた事件に迫るノンフィクション。
M資金というのは、Wikipediaによれば、
第二次世界大戦終戦時の混乱期に、大量の貴金属やダイヤモンドなどの宝石類を含む軍需物資が、保管されていた日銀地下金庫から勝手に流用されていた隠退蔵物資事件や、件の日銀地下金庫にGHQのマーカット少佐指揮の部隊が調査・押収に訪れた際に、彼らによる隠匿があったとされた事件、などが発生した。

GHQの管理下に置かれた押収資産は、戦後復興・賠償にほぼ費やされたとされるが、資金の流れには不透明な部分があり、これが“M資金”に関する噂の出典となった。

こうした噂が真実味を持って信じられた背景には、降伏直前に旧軍が東京湾の越中島海底に隠匿していた、金塊1,200本・プラチナ塊300本・銀塊5,000トンという大量の貴金属が1946年4月6日に米軍によって発見された事件や、終戦直後に各種の軍需物資が隠匿され、闇市を通じて流出していた(そのひとつが旧軍で特攻隊員などに興奮剤として服用させていたヒロポンであり、現在に至る覚醒剤渦の根源となっている)時期の記憶が、多くの日本人の間で鮮明であった事が挙げられる。
この、越中島の隠匿貴金属というのが、実は、後藤組長の爺さんである後藤幸正が発見したモノだという話があるわけだ。
安田雅企『追跡・M資金―東京湾金塊引揚げ事件』三一書房(9507)は、上記の、「降伏直前に旧軍が東京湾の越中島海底に隠匿していた、金塊1,200本・プラチナ塊300本・銀塊5,000㌧という大量の貴金属が1946年4月6日に米軍によって発見された事件」の経緯を追ったドキュメンタリーである。
同書の冒頭は、後藤幸正という人物が、GHQを訪ねるシーンから始まる。

後藤幸正については、「政財界の黒幕と言ったら穏当を欠くが、一種の政商または軍部御用商人だった」と説明されている。
蒋介石と親しくて政界に知己が多く、陸海軍の上層部に隠然たる勢力を持っていたが、敗戦により失脚していた。
ニールセン中尉は、後藤老人の気骨に剛毅朴訥な精神を認めていたようだ、と安田氏は描写している。
後藤幸正は、本名を幸太郎といい、静岡県富士宮市の旧家に生まれ、富士川の水力を利用して富士川電力を作り、身延線を作ったり、伊豆長岡温泉の開発に尽力した。
幸正の孫が、山口組きっての武闘派として知られる後藤忠政(忠正:後藤組組長・六代目山口組舎弟)である。
当時、後藤爺さんは政財界に隠然たる力を持つフィクサーみたいな存在だったんだが、隠匿金塊の話を聞きつけて、潜水夫を雇って引き揚げたものの、欲の深い仲間が奪い合いをはじめたのを見て嘆き、アメリカ軍に下駄を預けたような形で引き渡してしまうんだが、さて、その結果、GHQがそれらの貴金属を独り占めしてしまい、挙げ句、爺さんが「変死」を遂げるという怪事件があったらしい。この金塊事件の口封じで「毒殺」されたんじゃないか、という話もあったりする。というか、この件では多数の怪死者が出ているんだが、結局、貴金属はアメリカ軍の誰かに渡ったまま行方不明です。ちなみに、これらの貴金属なんだが、元々はベトナムのバオ・ダイ帝の秘宝だという説もあるらしい。

戦前から戦中、戦後にかけて、ヤクザと右翼とフィクサーと政治家と、その区別が判然としない時代というのがあったわけで、そんな時代を彷彿とさせる話ではあるんだが、そんな怪人物の孫が後藤組長だと考えると、「後藤基金」なんぞという話もまんざらフカシでもないんじゃないか、という気もしないでもないわけです。

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