早い話が

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早い話が:夜空に光明星なくとも=金子秀敏

 北朝鮮の金正日総書記が今月9日、最高人民会議で国防委員長に3選された。北朝鮮のメディアは「推戴(すいたい)された」と報道している。

 北朝鮮憲法によれば「最高人民会議は国防委員会の委員長を選挙する」のだ。「選出」と言わずなぜ「推戴」というのだろう。

 「推戴」で有名な故事は中国の「陳橋の兵変」である。10世紀中ごろ、後周に仕えた将軍、趙匡胤(ちょうきょういん)(太祖)は北方の遼との戦いに出陣した。河南省開封の北東、陳橋まできて、大酒を飲んで酔いつぶれてしまう。その間に、部下が趙匡胤を新しい皇帝に決めた。「太祖北征す。陳橋に至り、衆の推戴するところとなる」(「宋書」)。趙匡胤は開封に戻ると、幼帝に帝位の禅譲を迫り、宋王朝を開いた。

 「推戴」とは、皇帝のような至尊の地位に推挙されることだ。「選出」だと選ばれた人より選出母体のほうが偉いが、「推戴」だと推戴された人にみなが服従するという含みがある。

 最高人民会議は、憲法上の「最高主権機関」だが、そこで推戴された国防委員長は、さらに格上の“最高指導者”になる。だから「選出」であってはならないのだろう。

 国防委員長が「国家の最高ポスト」と定義されたのは1998年の憲法改正だ。この時、金総書記は1期目の国防委員長に推戴された。その直前に人工衛星「光明星1号」を打ち上げた。軌道に乗らなかったが、北朝鮮は「金日成将軍、金正日将軍をたたえる歌を流して地球を回っている」と発表した。金総書記の美称は光明星将軍。光明星衛星とは金総書記のことだ。

 今回の推戴でも「光明星2号」が打ち上げられ、前回同様失敗した。しかし平壌の金日成広場では「打ち上げ成功」を祝う10万人市民大会が開かれた。奇妙なようで奇妙ではない。なぜなら光明星打ち上げの目的は衛星技術の確立ではなく、国防委員長推戴の祝賀だからだ。歌を流すだけの衛星だ。軌道に乗らなくても実用上の痛手はない。

 北朝鮮指導部は、祝賀報道や市民大会によって国防委員長への服従を確認したかったのだろう。国防委員長の「国防」とは、軍事的な国防ではなく、政治的宗教的な「鎮護国家」に近い概念ではないか。日本風に言えば八幡大菩薩だ。その推戴に当たって人工衛星がドーンと上がる。あの発射は、やはりミサイルではなくロケットだったと思う。(専門編集委員)

毎日新聞 2009年4月16日 東京夕刊

 

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