2007-05-08 19:53:15
5分でわかる戦史研戦史(sensiken篇)
テーマ:ブログ
前略。しかしネットは本当に恐ろしい。痕跡を残すことではなく、痕跡を隠し通せないことが恐ろしい。sensikenのネット活動も碌なもんじゃなかった。そしてまたネット上に恥の痕跡を刻む。
以下は概ね時系列に沿っているが、厳密には色々と前後している。あくまでもsensikenの観点から書かれていることを注意する。
・暗黒時代
新入会員が3年入らなかった時期を指す。正確には定着しなかったという意味。
本来はここで戦史研は滅びていたはずなのだが、運悪くして生き残った。そしてsensikenの始まりには無くてはならない雌伏の時期でもあった。
・sensiken時代の幕開け
それは誰にも気付かれぬまま幕を開けた。
4年目の新歓に応じた者は2人いたと伝えられている。しかし1人は自然と来なくなった。その意味を戦史研が知るのはまだ2年の歳月が必要だった。
・sensiken事件
初代kwskブログのパスが抜かれた事件。誰か知らないが不埒者がkwskブログのパスを抜いて、それを自分のブログのメッセージ欄に晒した。そして加減を知らないsensiken員たちは容赦なく襲いかかった……
抜かれたパスが"sensiken"であったことから新しい用語が生まれた。そうsensikenである。
・カジュアルパス抜き事件
pgρブログのパスが一回だけ抜かれた事件。誰か知らないが不埒者がたまたま某所でブログを更新しようとしたところ、見たことのある何かにログインしていることに気がついた。この時はごく軽く荒らして注意を促すに留めた。誰だかは知らないが相手が人格者で良かったね。
・収容所多発期
会長権限の発見者ことkwskの処遇を巡って意見が対立し、滅亡させるべきだと主張した者は絶滅収容所を名乗り、労働力として使役すべきだと主張した者は労働収容所を名乗った。後に矯正収容所も出現した。
・p粗製濫造期
やたらとpだった。p, pp, ppp, pppp, pppppなどが居たが、実は3人くらいだったりもした。pはそれ以来、権力闘争の場であり象徴となった。
・軍部の叛乱
戦史研の暗部が軍部として独立した。なおsensikenは戦史研の恥部である。
・傍系主義の台頭
傍系氏の威光が遍く戦史研に行き渡り、傍系主義の台頭は必然の流れとなった。一方でそれは反傍系主義者との争いの激化を意味していた。
誤解されがちだが、傍系氏は傍系主義者ではない。
・アイマス戦役
挑発的プレイを連発する傍系Pに戦史研員たちは敢えて対抗しようとした。その結果生まれた構想が"CCC"Pであり"BM"Pなのだが、実行に移されることはなかった。これは傍系氏が戦史研の権力闘争の本質的な勝利者となったことを意味し、そして現在の傍系主義の跳梁跋扈を許す遠因ともなった。
・CVW5
第五次声優戦争、またの名を第五空母航空団。
この凄惨な権力闘争の過程において「釘宮躱してハニトーパンチ」など様々な戦術が発達したが、最終的には「由子、般若、近藤」を奉ずる総統の工業力が勝利した。尽きせぬ声優ソングによって反傍系主義者の拠り所は焦土と化し、その被害のあまりの大きさにvipカードを管理する機構が結成されることになる。そしてp戦役の結末はvipカードによる権力の継承という仕組みに集約された。
・新宗教の影響
割愛。
・sensikenの相対化
アイマス・p両戦役の勝利によってその絶頂に達したとき、皮肉にも傍系主義は終焉を迎えた。傍系主義は急速にその他の一派閥に過ぎなくなり、その戦史における役割を走り終えた。
そして、やがて訪れる新しい戦史研への期待と不安は戦史研戦史の常として速やかに打ち砕かれることになるだろう。
・sensiken後
sensikenは去った。しかしsensikenの本質は残った。例えば……
絶対にInternet Archivesで以下のURLを調べてはいけない。
http://www.rpm.or.jp/home/pon/sumire/index.html
以下は概ね時系列に沿っているが、厳密には色々と前後している。あくまでもsensikenの観点から書かれていることを注意する。
・暗黒時代
新入会員が3年入らなかった時期を指す。正確には定着しなかったという意味。
本来はここで戦史研は滅びていたはずなのだが、運悪くして生き残った。そしてsensikenの始まりには無くてはならない雌伏の時期でもあった。
・sensiken時代の幕開け
それは誰にも気付かれぬまま幕を開けた。
4年目の新歓に応じた者は2人いたと伝えられている。しかし1人は自然と来なくなった。その意味を戦史研が知るのはまだ2年の歳月が必要だった。
・sensiken事件
初代kwskブログのパスが抜かれた事件。誰か知らないが不埒者がkwskブログのパスを抜いて、それを自分のブログのメッセージ欄に晒した。そして加減を知らないsensiken員たちは容赦なく襲いかかった……
抜かれたパスが"sensiken"であったことから新しい用語が生まれた。そうsensikenである。
・カジュアルパス抜き事件
pgρブログのパスが一回だけ抜かれた事件。誰か知らないが不埒者がたまたま某所でブログを更新しようとしたところ、見たことのある何かにログインしていることに気がついた。この時はごく軽く荒らして注意を促すに留めた。誰だかは知らないが相手が人格者で良かったね。
・収容所多発期
会長権限の発見者ことkwskの処遇を巡って意見が対立し、滅亡させるべきだと主張した者は絶滅収容所を名乗り、労働力として使役すべきだと主張した者は労働収容所を名乗った。後に矯正収容所も出現した。
・p粗製濫造期
やたらとpだった。p, pp, ppp, pppp, pppppなどが居たが、実は3人くらいだったりもした。pはそれ以来、権力闘争の場であり象徴となった。
・軍部の叛乱
戦史研の暗部が軍部として独立した。なおsensikenは戦史研の恥部である。
・傍系主義の台頭
傍系氏の威光が遍く戦史研に行き渡り、傍系主義の台頭は必然の流れとなった。一方でそれは反傍系主義者との争いの激化を意味していた。
誤解されがちだが、傍系氏は傍系主義者ではない。
・アイマス戦役
挑発的プレイを連発する傍系Pに戦史研員たちは敢えて対抗しようとした。その結果生まれた構想が"CCC"Pであり"BM"Pなのだが、実行に移されることはなかった。これは傍系氏が戦史研の権力闘争の本質的な勝利者となったことを意味し、そして現在の傍系主義の跳梁跋扈を許す遠因ともなった。
・CVW5
第五次声優戦争、またの名を第五空母航空団。
この凄惨な権力闘争の過程において「釘宮躱してハニトーパンチ」など様々な戦術が発達したが、最終的には「由子、般若、近藤」を奉ずる総統の工業力が勝利した。尽きせぬ声優ソングによって反傍系主義者の拠り所は焦土と化し、その被害のあまりの大きさにvipカードを管理する機構が結成されることになる。そしてp戦役の結末はvipカードによる権力の継承という仕組みに集約された。
・新宗教の影響
割愛。
・sensikenの相対化
アイマス・p両戦役の勝利によってその絶頂に達したとき、皮肉にも傍系主義は終焉を迎えた。傍系主義は急速にその他の一派閥に過ぎなくなり、その戦史における役割を走り終えた。
そして、やがて訪れる新しい戦史研への期待と不安は戦史研戦史の常として速やかに打ち砕かれることになるだろう。
・sensiken後
sensikenは去った。しかしsensikenの本質は残った。例えば……
絶対にInternet Archivesで以下のURLを調べてはいけない。
http://www.rpm.or.jp/home/pon/sumire/index.html
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