臓器提供意思表示カードがある。提供者は英語で「ドナー」だからドナーカードと呼ばれる。こっちが通りがよい。
カードの一番には心臓、肺、肝臓、腎臓などの臓器名が書かれている。そこに○を付ける。脳死後、どの臓器を提供するか事前に意思を確認しておくためだ。
二番には心臓が停止した死後、臓器を提供する意思があれば○を付ける。
そして、三番には「私は、臓器を提供しません」とある。臓器提供の意思がない人はここを○で囲めばいい。
このドナーカードをすべての国民に配って意思表示をしてもらおう。こんなアイデアがあった。それを運転免許証のように更新していけば、国民一人一人の意思はもっとはっきりするだろう。
だが、国が国民にこうした選択を強いることができるのか。疑問はもっともである。だから、実施されていない。
今国会で、1997年に成立、施行された臓器移植法の改正機運がにわかに高まっている。世界保健機関(WHO)が5月に海外渡航による臓器移植手術の自粛を促す指針を決定するためだ。
移植を希望して「日本臓器移植ネットワーク」に登録している人は心臓128人、肺111人など六臓器で1万2000人を超える。これに対し、約12年間の国内脳死移植は81例にとどまる。
このため、待っておれないと海外に機会を求める人も多く、特に子どもの脳死心臓移植は海外に依存してきた。
だが、海外での移植が不可能になるのではないか、との懸念が高まり、事実上たなざらしになっていた3つの改正案に注目が集まることになった。
1つは脳死移植を推進するために現行法の条件を緩和するもので、逆に脳死をより厳格に定義して脳死移植に歯止めをかける対案がある。残る一案は、臓器提供の意思表示ができる年齢を現行の15歳から12歳に引き下げて、子どもの移植機会を増やそうというものだ。
与野党は5月の採決を目指すという。そのために衆院厚生労働委員会の小委員会は、専門家などから脳死移植推進、慎重の双方の立場から意見を聞いた。
そこであらためて思うのは、国会はもちろん、社会全体もさまざまな意味で、この問題に深入りを避けてきたことだ。
救急救命施設で提供希望者の脳死判定をする物理的な負担、死を許容するための提供者側遺族の支援、「脳死」に対する国民の正しい理解の不足など、専門家の指摘は以前から言われてきたものだ。
脳死を正しく理解し、臓器を提供しようとする人の意思がかなわないのもおかしい。制度の運用で改善すべき点があれば法改正とは別にやっていくべきだ。
社会全体が「死」について議論を避けてきたところがある。脳死移植を推進するか否か、国会も結論を先送りしてきた。そのツケを一気に返すのは難しい。もう一度広範な議論を巻き起こすべきだ。
=2009/04/26付 西日本新聞朝刊=