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本来なら人にはうつらないはずの豚のインフルエンザウイルスが、人に感染するタイプに変わったらしい。
メキシコで豚インフルエンザが広がっている。患者は千人以上となり、死者はこれまでに60人を超えた。
国境を接した米国でも、カリフォルニア州やテキサス州で感染者が確認され、メキシコのウイルスと同じ型であることがわかった。
まだ不明な点が多い。広がりやすさや毒性の強さをはじめ、どんな性質を持つウイルスなのか。感染がさらに広がるおそれはあるのか――。
ただ、すでに気がかりなことが幾つもある。人には免疫がない動物のウイルスが変異したものであること、老人や幼児ではなく若者が多く感染するという、ふつうのインフルエンザとは違う特徴があること、またメキシコ国内の数カ所や米国に流行がすでに広がっていることなどだ。世界保健機関(WHO)は警戒態勢に入った。
それでも、日本にいる私たちが今すぐに過剰に心配することはない。厚生労働省は、水際での検疫を強め、情報収集に努めるとともに、国民には冷静な対応を呼びかけている。
様子を見守りつつ、このインフルエンザが世界に広がった時のことも想定して備えを点検しておきたい。
豚インフルエンザと聞いて意外に思った人も多いのではないか。これまではもっぱら鳥のインフルエンザの怖さに関心が集まっていたからだ。
鳥インフルエンザも、ふつうは鳥にしか感染しない。だが97年に香港で初めて、H5N1と呼ばれる毒性の強いタイプが鶏から人に感染して死者が出た。アジアやアフリカなどの鶏に広がり、そこから感染して、250人余りが亡くなっている。
このウイルスが、もし人から人にうつるタイプに変わると、人には免疫がないために、20世紀初めのスペイン風邪のように大流行するおそれがある。こうした新型ウイルスの出現を警戒して、WHOは各国に対策を立てるよう呼びかけ、日本政府も行動計画をつくってきた。
豚のウイルスはこれまで、米国などでまれに人に感染した例が報告されているが、大流行の可能性はあまり予想されていなかった。
だが今回、人から人に感染する性質が見られることや短期間で多くの死者が出ていることからすれば、すでに鳥のウイルスよりはるかに大きな脅威になっているのかもしれない。
もしこのウイルスが広がったらどうか。医療などの行動計画や個人の備え方はウイルスが違っても同じだが、政府が事前接種を計画しているワクチンは豚のウイルスには効かない。
鳥のウイルスを想定した新型インフルエンザ対策の再点検が必要だ。
主要7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)がワシントンで開かれた。だれも、危機を立ちどころに封じ込めてくれる特効薬を期待してはいなかっただろうが、それにしても成果の見えない会議だった。
今月2日にG7を含む20カ国・地域の首脳による金融サミット(G20)が開かれたばかりだ。期待が低かったのは、G20で財政・金融政策、国際通貨基金(IMF)改革、金融監督規制など、国際協調で取りうるメニューがほとんど示されていたからだ。
だとしても、金融サミットでも検討されなかった重要な論点を、もっと率直に議論できたはずだ。危機脱却のカギとなる、米国や欧州の不良債権問題とその対応についてである。
G7の声明には、世界経済が「年内に回復を開始する」との楽観的な見方が盛り込まれた。経営危機が心配されている米国の大手金融機関で1〜3月期決算の黒字化が続いたことなどを念頭においてか、「いくつかの安定化の兆候がある」とも指摘した。
だが実際には、経済激変の震源である米国の金融危機は、今なお深刻な状態にあるのではないか。IMFは先ごろ、この危機での世界の金融機関の損失額は400兆円と推計した。米欧の銀行にはなお90兆〜170兆円の資本増強が必要と試算している。
米政府は昨秋、金融機関に70兆円規模の公的資金枠を設けた。だが、すでに中小も含め500を超える機関への資本注入を決めており、使用可能な枠は10兆円余りしか残っていない。
いま実施している大手銀行への特別検査の結果によっては、ケタ違いの公的資金が必要になるが、その資金を増やそうとすれば、議会や国民の激しい反発を招く。だから米当局は厳しい結果を明らかにせず、問題を先送りするのではないか。そんな見方もある。
もしそんなことをしたら、金融市場の信用は回復しないだろう。いくら財政出動で景気を刺激しても、金融市場を立て直さないことには、経済の回復に向けた条件は整わない。
90年代以降の日本の苦い経験に学んだらいい。約10年間で130兆円もの景気対策を打ちながら、不良債権の抜本処理を先延ばししたばかりに、「失われた10年」に陥った。
欧州でも、中東欧への巨額の貸し付けが不良債権となり、多くの銀行が傷んでいる。米欧の不良債権の抜本処理抜きに世界経済の回復はない。米欧にそれを迫るのは日本の仕事だ。
世界経済を議論する場として、今後はG20の重みが増すだろう。とはいえ、国際金融を長年仕切ってきたG7には経験と信頼関係があり、G20の意見をまとめていく役割はなお重要だ。米欧に遠慮して必要な注文もできないのでは、日本の役割は果たせない。