【明けゆく空】<不倫・番外>
明日、adocyanさんとミニミニオフ会。
さて、それまでに幾つ書けるか。つーて、寝ますけどね。普通に。
「う〜、寒びー。こんなに早く来る必要あんのかよ?」
「いい場所とられちまうじゃん」 そう云って、浩二は笑うが、たかが近所の橋の上。しかも、来てるのは中坊のガキばっかだ。 初日の出を見に行こうと提案したのは、浩二だ。 ねーちゃんの彼氏は、俺も一緒に、年末年始を過ごそうと提案してくれたが、俺だって馬に蹴られるのはごめんだ。こんなデカイこぶつきのねーちゃんと、一緒になってくれると云う、貴重な男を、俺の所為で逃すわけには行かない。 そんなときの、浩二の申し出は、断る口実には絶好で、俺はうなずくしかなかった。
だが。
「こんな朝早いとは聞いてねーぞ」 「だから、明けて来たら、人一杯だって!」 いくら何でも五時半に迎えに来るとは聞いてなかった。急いで用意したから、ダッフルコートの下は、長袖のTシャツ一枚だ。マフラーは辛うじて巻いているものの、寒さが身に染みる。 東の空はまだ真っ暗で、初日の出までなんか後何時間あるんだー?ってカンジ。 「いーじゃねーか。こんな風にお前と出掛けんのなんか、後、何度あるか判んねーんだぜ」 「まぁな」 今だって、大学受験真っ最中の浩二に、余裕なんかある訳ねー。就職がとっくに決まった俺より、切羽詰ってる筈だ。多分、今日だって、俺がねーちゃんの恋人に、遠慮してんの知ってて、誘ってくれたんだろう。 こいつのさりげない優しさは、時々俺の心を見透かしているような気がする。
ポケットに突っ込んだ缶コーヒーを取り出して、一口飲む。今でこそ暖かいが、これだって、すぐに冷めちまうだろう。カイロでも、持ってくるんだったな。
しばらくすると、ざわざわと人の気配がし始めた。さっきまでの中坊の馬鹿騒ぎの声しかしなかった橋の上に、ばばあ連中の声が混じる。近所の連中が集まり始めたんだろう。
空がうっすらと青みを増した。 はっきりと判る速度で広がって行くそれに、隣にいたカップルが声を上げる。 「きれー。ねぇ、きーちゃん。初日の出ってさー、いつもよりトクベツ明るい気、しない?」 「え〜、そんなこと無いだろー?」 「そーかなぁ。きっと皆で見てるからだと思うんだよねー」 へへっと、照れくさそうに笑った、オンナノコの頭を、男が包み込むように抱き寄せた。
俺はふっと明るくなる空を眺めながら、今頃どうしているのかと考える。
大人な俺の恋人は、所帯持ちでは無いが、親が死んでからずっと妹や弟と助け合ってきたのだそうだ。そんなあの人が、年末をどう過ごすかなんて決まっている。 嫁に行った妹は実家に帰って来ているだろうし、家族水入らずで、今頃は初詣にでも出掛けているだろう。 すっかり冷めたコーヒーを飲みながら、俺はじっと明けていく空を眺めていた。
「ツトム、ほら、昇ってきたぞ」
俺の肩を叩いて、浩二が声を上げる。 埋立地のビルの間から、まぶしい光が差し込んでいた。 写メの音があちこちで上がる。浩二も写メを構えて、それを写していた。 「もう、いいだろ。寒みーからさ。行こうぜ」 「OK」 振り返ると、橋の歩道は、いつの間にか人だかりで一杯になっていた。 「すげぇ。いつの間に集まってたんだ?」 「だから、云っただろ! 場所取りあの時間で正解!」 「だな」 俺たちは笑って、その歩道を降り始めた。 「おい、浩二。どーする? あったけーモン食べてーからさ、うどん屋でも行くか?」 さすがに身体は冷え切っている。 「んー。うどん屋より、駅前のファミレスにしねー?」 どうやら、浩二はがっつり食いたいらしい。俺もそれに異存は無かった。 二人して、駅前に向かう。 途中、浩二の足が止まった。 「遅せーよ」 「悪い」 ぶすっと云った浩二に、真正面に立った男が、頭を下げる。 背はそんなに高くないが、がっちりとした大人の男。 「耕一さん?」 始発は走っているし、今日は初詣対応で駅の始発は異様に早い。車の無い耕一さんでも、ここには充分に来れる。だが、どうして? 「お前と初詣に行こうと思ってな」 「でも、家族水入らずじゃ……」 「義理は果たした。ちゃんと、二年参りには行って来たぞ。弟も早く恋人のところへ行けってさ」 耕一さんの広い胸が俺を抱き寄せた。 冷えた身体が、暖かい体温に包まれる。 「お前はいつも、俺の家族に遠慮してるだろう? それを察してやれない俺も鈍いんだろうが。浩二くんが電話をくれた」 「浩二が? どうして?」 「最初、会ったときに免許証見せてもらっただろう? 俺、数字は覚えるの得意なんだ」 俺が云ってるのは、そういうことじゃなくて――――。 「いいから、行って来い」 浩二が俺の背中を押した。俺の肩を抱いたまま、耕一さんが歩き出す。 「せっかく逢えたんだ。無粋な詮索はするな」 「う、うん」 イマイチ、俺の悪い頭では、要領を得ないが。とりあえず、耕一さんは俺といてくれる、ってことだ。 ポケットで携帯が震えた。 取り出すと、メールが一通。 『お前の幸せ祈ったからな。俺の大学合格祈って来い――――浩二』 さっきの初日の出の画像に、あけおめ!と書いてある。 俺は出そうになる涙を堪えて、耕一さんの腕に顔を伏せた。 「感激するのはいいが、俺より浩二がいいとは云い出すなよ」 「馬鹿」 うん、俺、幸せだよ。浩二。
<おわり>
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