木村さんの無農薬ヒストリーは、余りにも有名。福岡正信氏の自然農法に影響を受け、今から20年前に、無農薬でりんごを作りはじめました。その後、7年間、まったく実を結ぶことがなく、害虫との戦いに追われました。収穫がゼロとなり、妻と二人の子供を抱えた木村さんは、光熱費や税金すら払えない日々、そして差し押さえ、慣行栽培を行う周囲からの中傷に耐え続け、どん底の生活を強いられてきたのでした。とうとう、7年目に自殺を覚悟し、岩木山へロープを持って登りました。腰を降ろした木村さんは、まわりの草木の自然な香りに衝撃を受けました。その土の香りこそ、農薬を使わない自然農法だったのでした。「大切なことは、土作りだ」と木村さんは、教えられました。8年目の春に、はじめて、7つの白いりんごの花が咲いたのでした「あの松の木の影からおそるおそる覗いた。涙で、まともに花が見れなかった」と。その樹は木村さんが子供の頃、植えたという樹齢40年の思い出の一杯詰まったりんごの樹でした。秋には2つのゴルフボールくらいの小さなりんごが結実しました。神棚に添え、家族で分けて大切に頂いたそうです。

木村さんの畑は、見た目は雑草が茂っていますが、ふかふかです。スコップでほってみるとやわらかく、太いミミズがでてきて、驚いてしまいました。「このミミズの糞がよぉ、いい肥料になる」と、生命力にあふれる土の香りを嗅ぐと、その土から木村さんの何十年もの苦労が感じ取れ、私は、急に胸が熱くなりました。弘前は、日本を代表するりんごの産地であり、この時期、どこを見渡しても美しいりんごがたわわに実を付けていました。りんごの色は赤くなければ、売れないという消費者のわがままにより、りんごの木の下には、一面、銀色のアルミシートが引かれ、反射を利用して均一に色づくようにされていました。これも農家にとっては、大変な重労働であり、負担です。さらに木村さんから怖い話をききました。りんごは、落葉樹であり、晩秋になると紅葉し、落葉していきます。ところが「農薬漬けのりんごはよー、紅葉もなーんもない、雪がふってもよ、りんごの木には緑の葉っぱと真っ赤な実がそのままついてる」木村さんは、「こんなりんごを食べてカラダにいいわけがないと思った」「農家は、食の生産という大義名分のもとに、大きな環境破壊を行っているのではないかと最近、心配になってきた」木村さんは、忙しい農業のかたわら、全国各地に農業指導に奔走されています。その真面目な姿が多くの木村ファンを生んでいるのでしょう。自然に栽培された植物は、腐ることはなく、枯れていきます。りんごも、しぼんで枯れていく。熟しすぎたりんごを木村さんの妻、美千子さんは、バケツに入れておくと、1週間で発酵しりんご酢になっていくと教えてくださいました。

今年はりんごの収穫が少ないそうです。「この木は、今年は、休ませとく」と不安な様子はみじんもありません。「何か病気ですか。来年は大丈夫ですか?」と私の方が心配になってたずねると、「なんか、あるんだろうな木も。今年は、休みたいんだと。来年は、なーんも心配ない。いっぱい実ができる。来年、来てみろ、びっくりすっから」木村さんは、りんごの樹と対話できるエスパーなのではないかと思いました。

害虫にやられ樹が弱っていく中、全く花も実のならぬまま8年もの間、木村さんは、無農薬を貫くために、1本づつりんごの樹に「実はならなくてもいいから、頼むから枯れないでくれ」とりんごの樹1本づつに語り続けました。木村さんのりんごやジュースは、「安全美味」という言葉で表現することは私にはできません。それは、ブラウンライスのお菓子にも共通するものがあります。機械で作るものなら誰が作っても同じ味ができるわけです。その違いが木村さんの畑を訪ね少しだけわかったような気がします。人に感動を与える食べ物は、作り手の生き方、魂が伝わるもので、それを人は「おいしい」という言葉で表現しているのだということ。

りんご栽培のかたわら、講演や農業指導に飛び回る木村さん、「無理されないで元気でいてくださいね」というと、「なーんも、なーんも」こんな澄んだ笑顔をみたのは何十年かぶりのような気がしました。
木村さんの畑で過ごした時間は、東京で暮らす私の最高のデトックスタイムとなりました。