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すべてはゼーマン発言から始まった
11月26日、おおぜいの報道陣が集まったトリノ裁判所にて、判事のカザルボーレ氏は静かに判決文を読みあげた。
「マウロ・アグリーコラ被告、懲役22カ月。アントニオ・ジラウド被告、無罪」
すぐさま大きな波紋を呼ぶことになるこの判決。これが、6年以上にも渡るユヴェントスのドーピング疑惑に対する一審の回答だった。イタリアサッカー史に残るこの判決はどう進み、そして今後どう変化していくのか。
ズデネク・ゼーマン。現在はレッチェを率い、その攻撃的サッカーで賛辞を浴びているボヘミア人監督。このドーピング疑惑は彼の発言により始まった。彼がまだローマを率いていた、1998年7月25日のことである。
「サッカー界は薬から抜けださなければならない。短期間で不自然なほど爆発的に筋肉がついた選手が数多くいる」
同年8月9日にグアリニエッロ検事が捜査に乗りだし、ゼーマンに発言の真意を聞いている。同14日には疑惑がかけられたアレッサンドロ・デル・ピエロに捜査のメスが入り、彼を皮切りにユヴェントスの選手、スタッフ、そして幹部が次々と召喚されていった。クラブ内の捜査では281種類の錠剤が見つかっており、そのなかには使用が禁止されているものも含まれていた。
やがて2002年1月31日に裁判が始まり、証言台にはデル・ピエロほか、ビリンデッリ、タッキナルディ、ペッソット、コンテらが召喚され、それぞれ疑惑に関する証言をしている。その後もバッジョ、ラバネッリ、ペルッツィ、ロンバルド、アモルーゾ、フェラーラ、ヴィアリ、そしてジダンらが次々に呼ばれた。以下は証言台でのフットボーラーたちの発言だ。
アレッサンドロ・デル・ピエロ 「1997〜1998シーズンにクレアチン*と10種類の錠剤(ドロップ)を2日置きに服用していた」
ジネディーヌ・ジダン 「ユヴェントスに在籍した5年間、週中と試合のハーフタイムにクレアチンを服用していた」
ジャンルカ・ペッソット 「昔はクレアチンを使っていたが、6g以下だった」
こうして裁判は進み、2004年末にようやく一審の判決が出たという形だ。しかし経営責任者のジラウドが無罪で、チームドクターのアグリーコラだけが22カ月という偏った判決には「責任を負うのはドクターだけ?
幹部のジラウドはなにも知らなかったというのか?」と現在国内で大論争が起こっている。
今後の焦点は偽証罪と獲得カップのとり消し
ヨーロッパ各国も一連のドーピング疑惑には関心を持っており、各国プレスは一斉にこの判決に紙面を割いている。
仏レキップ紙は「ジラウド氏無罪という判決ではあったが、選手がドーピングをしていたのは明らかで、この事実はタイトルを独占していたユヴェントス栄光の時代に影をさすものになるだろう」と過去の栄光に疑問を投げかけ、英タイムズ紙も「イタリアサッカー界は歴史的なスキャンダルに直面した」と報じた。西エルパイス紙は「イタリア的な判決。ユヴェントス幹部がドーピングの事実を知っていたのは明らかだが、彼らは無罪で唯一ドクターだけが有罪となる」と、ジラウド無罪というこの判決を“イタリア的”と称し揶揄した。
さて、今後の焦点はドーピングが指摘されている90年代半ばに獲得したタイトルがとり消されるかどうか。この期間にユヴェントスが獲得したタイトルはチャンピオンズリーグ優勝と国内リーグ優勝3回。それにカップが2つだ。これらの疑惑のタイトルに関しては、今後のユヴェントス側の控訴がどう進み、そしてUEFAがそれをどう受けとめるか次第だ。
この件では1996年のチャンピオンズリーグ決勝でユヴェントスに敗れたアヤックスが非常にクールな回答をしている。アヤックスのゼネラルディレクター、アリエ・ファンエイデン氏は「決定はUEFA次第だが、仮に我々が1996年の王者ということになっても、人々の記憶には当時の歓喜するユヴェントスの姿しか思い浮かばないだろう」と冷静なコメントを残している。
選手が偽証罪に問われる可能性もある。ユヴェントスの数人の選手は法廷で「その件に関しては知らない」をくり返していた。ビリンデッリは「選手がクレアチンを飲んでいる姿も見たことがない」と述べており、コンテは「仲間がなにを飲んでいるかは知らない。合宿所の部屋ではひとりで寝ているから、そんな姿は見たことがない」と証言している。これらの証言をめぐっても、今後法廷で争われることになるだろう。
ユヴェントス側は「まだ前半が終わっただけだ。控訴でアグリーコラ・ドクターは無罪になるだろう」と述べており、今後も動向から目が離せない。判決後、コメントを求められたゼーマンは、いつもの落ち着いた口調でこう述べている。
「私はサッカー界、そしてスポーツの世界にドーピングが存在するのを好まない。ただそれだけだ」
*クレアチン
クレアチンはアミノ酸の一種で、ヒトの体内でもつくられる物質。クレアチンの摂取によって筋量がふえたり、筋肉疲労が軽減されるという研究結果がある。IOC等が禁止する薬物ではなく、多くのアスリートが使用しているとされているが、安全性への疑問を指摘する声もある。今回の起訴理由はEPO(エリスロポエチン=増血ホルモン剤で禁止薬物)を選手に与えたというもの。EPOは赤血球をふやす合成ホルモンで、酸素の運搬を促進し、ひいては持久力を高める効果がある。
豊福
晋
1979年生まれ。90年代初頭より蹴球中毒に。以来WC1998、EURO2000、WC2002を取材。EURO2004は開幕から決勝まで全て観戦。2000-2001シーズンよりイタリアに居住、このシーズンは欧州各地で114試合を観戦。04-05はフィオレンティーナを中心に欧州各国を周り取材。各雑誌に翻訳、執筆。 |
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