ソマリア沖などの海賊対策のための「海賊対処法案」が、衆院を通過した。今国会中に成立する見通しである。衆院では、与野党の法案修正協議は不調に終わった。警察行動である海賊対策に限った法案とはいえ、自衛隊の海外派遣を随時可能とする恒久法(一般法)である。参院でさらに修正協議を重ね、与野党間の合意を目指すべきだ。
法案作成時に焦点だった武器使用基準の緩和は民主党も容認した。現行法が認める正当防衛・緊急避難に加え、海賊船が警告・威嚇射撃を無視して民間船に「著しく接近」する場合などに海賊船を停止させるための危害射撃(船体射撃など)を認めるのは限定的な緩和である。民主党も反対できないと判断したようだ。
懸念は、これが自衛隊の海外活動全体の武器使用基準の無原則な拡大に結びつくことである。法案を所管する金子一義国土交通相は国会で、緩和は海賊対処に限ると明言した。政府はこれを忘れてはならない。
民主党の主な修正要求は、(1)「海賊対処本部」(本部長・首相)を新設し、派遣される自衛官が本部員を兼務する(2)自衛隊派遣にあたって国会の事前承認と国会への事後報告を義務付ける--の2点だった。
前者は、国連平和維持活動(PKO)への自衛隊派遣で設置した国際平和協力本部がモデルだ。社民党への配慮で自衛隊色を薄める狙いもあったのだろう。しかし、17年間にわたるPKOなどで自衛隊の海外活動は内外で認知されるようになった。海賊対処本部員を兼務しても実態は自衛隊派遣に変わりない。海賊対策が一義的には海上保安庁の任務であることを明確にすれば、屋上屋を架す新組織は必要ないだろう。
一方、法案で国会報告にとどまっている「国会の関与」を強めるかどうかは、修正協議の最大のテーマだった。与党は、海賊対策が警察行動であることに加え、「ねじれ国会で事前承認にすれば不安定な制度になる」と反対した。しかし、文民統制(シビリアンコントロール)を強化しようという主張を、文民統制の主体である国会あるいはその一院が派遣に反対する可能性があることを理由に退けるというのは本末転倒の議論である。
警察行動とはいえ、自衛隊の海外派遣に国会の意思を反映させようという主張は正論である。PKOへの派遣も事前承認だ。この点では与党が譲歩し、事前承認か事後承認で民主党と合意すべきである。
また、ソマリア沖海賊対処の抜本策では、長引く内戦で無政府状態が続くソマリアの政情改善に向けた国際協力と、周辺国の海賊取り締まり能力の向上がカギを握る。政府の外交面の積極的な取り組みを求める。
毎日新聞 2009年4月24日 東京朝刊