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社説

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核なき世界へ―乗り遅れてはいけない

 日本独自で北朝鮮の発射基地を攻撃できる能力を持つべきだ――。

 今月5日の北朝鮮のミサイル発射以来、自民党内ではこんな議論が盛んに交わされた。3年前の北朝鮮の核実験の時ほどではなかったが、「日本も核を持つという脅しぐらいかけないといけない」といった声すらあがった。

 だが、同じ日にプラハであったオバマ米大統領の核軍縮演説に対しては、反応がさっぱり盛り上がらない。

 確かに、麻生首相は核軍縮での協力を呼びかける親書を大統領に送り、衆院は核廃絶への決議に向けて与野党が協議している。それでも、政治家たちからは世界の現実を変えようという熱意が、残念ながら伝わってこない。

 大統領は「核を使った唯一の核保有国として、行動する道義的責任がある」と語った。ただし、原爆を広島、長崎に投下した自責の念のみから「核のない世界」を言い出したわけではない。大事なのは、これが米国の安全保障戦略の一環だということなのだ。

 冷戦は終わったが、より多くの国が核兵器を手に入れた。闇市場を通じて核兵器の製造技術は広がり、テロリストに渡る危険性は高まっている。このままでは世界は大変なことになる。それが大統領の指摘する懸念だ。

 北朝鮮が核実験を行い、ミサイル発射を強行したことは容認しがたい。しかし、だからこそ、核兵器の管理と廃絶への世界の動きを強めなければ、大統領の懸念は現実になりかねない。

 それなのに、自民党内の議論は「だから、対抗手段を持たねば」という逆方向に振れがちだ。ミサイル発射後の国会審議でも、野党を含め質疑の大半はミサイル防衛の有効性などに集中し、核廃絶に向けて日本が果たすべき役割にまで議論が深まらなかった。

 ロシアのメドベージェフ大統領はヘルシンキでの演説で、条件付きながらオバマ演説を評価した。米ロは24日からローマで第1次戦略兵器削減条約(START1)に代わる条約に向けた実務者協議を始め、核軍縮に向けた新たなプロセスが動き出す。

 日本は唯一の被爆国として核廃絶を唱える一方で、米国の核の傘の下にいる。どうすれば核の傘に頼らずに日本の安全を守れるかという、将来に向けた議論を避けてきたとも言える。

 米国が核兵器を減らしたら、抑止力が低下して中国や北朝鮮の脅威が増す。この考え方にとらわれていては、東アジアの核軍縮など進みはしないだろう。むしろこの地域の安全保障における核の役割を小さくして、日米が協力して北朝鮮の核放棄や中国の核軍縮を促すことが必要だ。

 中曽根外相は27日に、核軍縮についての演説をする。日本がどんな役割を果たしていくのか、具体的な行動を語ってもらいたい。

漢字検定協会―悪弊を断ち出直し急げ

 これまで漢字検定を受けてきた人、これから受けようとしていた人たちは困惑し切っているだろう。

 検定を主催する京都市にある財団法人、日本漢字能力検定協会をめぐり、創始者で前理事長の大久保昇氏らが私物化してきたのではないかという疑惑が噴出しているからだ。

 大久保氏が1975年にこの検定を始めたとき、受検者はわずか数百人だったという。それが今では年間280万人を超すまでに成長した。その7割以上を高校生と中学生が占める。検定を学校教育という公の場にまで進出させたことが大きかった。

 協会は、検定が漢字という日本文化の継承だけでなく、「入試や就職に役立つ」と宣伝してきた。協会によると、大学や短大の09年度入試で漢字検定の取得を評価に取り入れたのは、全国で490校1079学部・学科に上るという。

 英語検定や秘書検定、簿記能力検定、さまざまな「ご当地検定」……。昨今の検定ブームの中でも漢字検定の存在は群を抜いている。

 しかし、公益性の高い事業なのに、前理事長と長男の前副理事長による公私混同ぶりにはあきれるばかりだ。

 弁護士や公認会計士らによる調査委員会の報告書などによると、父子経営の関連企業4社に協会が出版や採点、広告などの名目で業務委託した総額は約251億円に達する。

 そもそも協会と理事が代表を務める関連企業との取引は「利益相反」として禁じられている。どうしてもという場合は、理事会に情報を開示して承認を得なければならない。そういう基本ルールすら無視されていた。

 報告書は、協会のものであるべき資産が外部に流出していると指摘する。そのかなりの部分が父子に還流していた疑いがあるのだ。もとはといえば、級ごとに5千〜1500円という検定料で生まれた巨額の利益である。

 京都地検は刑法の背任罪に該当する行為があるのではないかとみて捜査を進めている。違法行為があれば当然、責任を問うてほしい。

 新しい理事長には元日本弁護士連合会会長の鬼追(きおい)明夫氏が就任し、「新生漢検100日プロジェクト」と名づけた改革案を打ち出した。

 鬼追氏は前理事長らとの関係を完全に断ち切るべきだろう。関連会社2社との取引中止を表明しているが、残る2社との関係もしっかり見直したい。過去の業務委託費のうち、不当な分は協会に返させなければならない。

 6月に予定する漢字検定について、塩谷文部科学相は「5月中の改善が難しければ中止を」と発言している。

 大学などの受験のために検定を受けようとしている生徒もいる。抜本的な改革を急がなければならない。

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