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血液型で性格を決めつける人とどうつきあうべきか

プレジデント4月20日(月) 13時32分配信 / 経済 - 経済総合
血液型で性格を決めつける人とどうつきあうべきか
菊池 誠●大阪大学サイバーメディアセンター教授。1958年生まれ。東北大学大学院理学研究科博士後期課程修了(理学博士)。専門は学際計算統計物理。SFの解説や翻訳も手がける。
「血液型性格診断」に科学的根拠がないことは、すでに心理学の実験で証明されている。多くの人はそれを半ば理解したうえで、「しょせんは遊びだから」と軽く考えて話題のネタにしている。だが血液型性格診断には遊びでは済まされない問題が含まれている。

 4冊累計で500万部を突破した『自分の説明書』シリーズで最初に発売されたのは「B型」だった。ネガティブに評価されやすいB型を取り上げれば、読者の関心を集められると考えたのだろう。これはB型が差別されているという証拠にほかならない。血液型という後天的に変えられない属性への差別は、陰湿でタチが悪い。
 この問題が根深いのは、「血液型で性格が決まる」という問題設定が十分に科学的だからだ。「物質はなくならない(=質量保存の法則)」「無からエネルギーは生じない(=エネルギー保存の法則)」といった科学の基本法則に反した問題設定ならば、即座に「間違っている」と判断できる。だが血液型は「性格とはまったく無関係」とはいえない。科学的には「個人の性格に影響するほど強い関係はない」とまでしかいえない。しかし、血液型性格診断を否定する理由としてはそれで十分である

 近年、『水からの伝言』という本が話題を集めた。芸術的な氷の結晶の写真を紹介しながら、「水に言葉をかけると、結晶の形がその言葉に影響される」という話を解説したものだ。「ありがとう」「平和」は美しい結晶を作り、「ばかやろう」「戦争」は作らないなど、言葉と結晶とのあいだには一定の関係があるという。この場合ならば即座に科学に反しているとわかる。
 血液型性格診断や『水からの伝言』といった「科学らしさを装った迷信」を、私は「ニセ科学」と呼んでいる。科学的な背景の強弱にかかわらず、ニセ科学を信じ込んでいる人を説得するのは難しい。なぜなら「結論ありき」だからだ。
 彼らはどんなに事実を積み重ねても、考えを変えようとはしない。「ないことの証明はしない」というのが科学のルール。存在しない論理は反証のしようがない。「アポロは月に行かなかった」「9.11は米国の自作自演だった」といった陰謀論も同様の構造にある。

 私はSFが趣味で、怪しい話はもともと好きだった。だがオウム真理教の事件を経て、ニセ科学を笑えないようになった。オウムの“科学技術庁長官”だった村井秀夫は大阪大学大学院の修士課程を修了している。科学を捨てて宗教をやるならまだわかるが、オウムのなかでニセ科学を行うことに、私は衝撃を受けた。ニセ科学や陰謀論はカルトとの親和性が高い。血液型性格診断がカルトにつながるとはまったく考えていないが、まったく違う話でもないのだ。

 性別や出生地をめぐる差別は厳しく取り締まられるようになり改善された。血液型にもそのような取り組みが期待される。いまだに履歴書へ血液型を書かせるような企業もある。「就職差別」の被害を司法の場で争うようなケースが出れば劇的に改善するかもしれない。だが現状では、いくらニセ科学だと訴えても焼け石に水だろう。
 私も宴席で血液型を聞かれることがある。多くの場合は「大型」や「小型」、「Z型」などと答えてはぐらかしている。天気と血液型は差し支えのない話題と考えているのかもしれないが、とんでもない。むしろ「それしか話題がないのか」と見下される恐れがあることを、肝に銘じてほしい。


本誌編集部=構成
浮田輝雄=撮影

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  • 最終更新:4月20日(月) 13時32分
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