和歌山市で一九九八年七月に起きた毒物カレー事件で殺人罪などに問われた林真須美被告の上告審判決で、最高裁第三小法廷は一、二審の死刑判決を支持し、林被告の上告を棄却した。死刑が確定する見通しだ。
地域の夏祭りでカレーの鍋にヒ素が混入され、十―六十四歳の四人が死亡し、六十三人がヒ素中毒となった。林被告と夫による保険金詐欺疑惑が浮かび、その後林被告が逮捕された。
被告の犯行を裏付ける直接証拠はなかった。被告も一審初公判で関与を否定した後、黙秘を貫いた。控訴審では一転して自らの潔白を主張した。
検察側は状況証拠を積み重ねる手法で立証に挑んだ。審理では混入されたヒ素と被告宅などで見つかったヒ素が同一とする鑑定、被告一人でカレー鍋の見張りをしていたとの目撃証言の信用性などが争点となった。二〇〇二年、和歌山地裁は「ヒ素を入手し、混入できる機会があったのは被告のみ」として死刑を言い渡した。〇五年、大阪高裁判決もこれを支持した。
最高裁判決は「被告が犯人であることは、状況証拠を総合することで、合理的な疑いを差し挟む余地のない程度に証明されている」とした。一、二審と同様の立場を取ったといえよう。「被告は長年にわたり保険金詐欺に絡む殺人未遂などの各犯行にも及んでおり、犯罪性向は根深い」とも述べた。
十年近くに及んだ裁判が終結した。だが、割り切れなさや問題を残したままの結末といわざるを得ない。
最大の謎は動機である。検察側は「事件当日、住民から批判され激高した」と主張したが、一、二審ともに動機は「不明」とした。上告審でも解明されることはなく、判決は「犯行動機が解明されていないことは、被告が犯人であるとの認定を左右しない」と述べた。それでも、衝撃的な惨劇の動機が不明のまま事件が終わることに、遺族も納得がいかないだろう。
状況証拠による立証を司法は認めた。しかし、冤罪(えんざい)を防ぐ観点から自白に頼らない捜査が求められる一方で、状況証拠だけで固めた事例への影響を懸念する声もある。明確な証拠に基づく立証が本筋であることは、いうまでもない。
五月から、裁判員制度が始まる。動機不明や状況証拠による立証にどう対処するのか。一審の公判は九十五回を数え、裁判迅速化と整合しない。カレー事件裁判は、司法改革にも多くの課題を残した。
イタリア北部で開かれた主要国(G8)農相会合は、農産物市場での投機的動きに対する監視や輸出規制への反対などを盛り込んだ共同宣言を採択して閉幕した。昨年の主要国首脳会議(北海道洞爺湖サミット)で開催が決まってから九カ月。ようやく開かれた会合だが、宣言は洞爺湖サミットの合意の確認にとどまり、具体的な実効策は打ち出せなかった。
穀物価格は、新興国の消費拡大による需要急増に加え、穀物市場への投機資金の流入もあって、昨年春から夏にかけて急騰した。その後の金融危機の影響で投機資金が引き揚げられ相場は下落したが、依然として上昇前の一・五―二倍と高水準で推移している。宣言は「(人口増など)構造的な要因が中期的に価格に影響を与える」と将来的な価格高騰への懸念を表明した。当然の認識といえよう。
ただ、市場が一時に比べ落ち着いたことで、危機感が薄れた面は否めない。その表れが宣言をめぐる紛糾だ。G8以外の中国やインド、ブラジルなど八カ国が拡大会合に参加したが、G8単独の宣言を推す日米などに対し、欧州勢は宣言でなく十六カ国の声明を主張した。結局、G8宣言のほかに議長声明も出すことで決着する異例の展開となった。
食料危機に対応するための国際備蓄体制の創設も焦点の一つだった。ドイツは「備蓄を増やせばコストがかさむ」と指摘した。米国は市場の価格形成機能を重視する立場から、備蓄を利用した市場介入に反対した。引き続き検討することにしたが、ハードルの高さを印象づけた。
宣言は七月にイタリアで開かれるサミットに反映されるが、具体的な方策に向け議論を深めることが必要だ。そうでないと掛け声だけに終わりかねない。
(2009年4月22日掲載)