熊本にて思ったこと

「マンガ展」の重版<熊本版>が無事開幕し、連日たくさんの方に来ていただいています。

今回のために新たに描き下ろした大きなパートがあって、その絵を連日描きながらいろんな感情が沸き上がってきました。もちろんこれから行かれる人のために、その絵についての具体的なことは書けませんので、そのときの自分の感情のことだけを書きます。

熊本は自分が漫画家を目指し投稿をはじめた18歳〜20歳頃に2年半暮らしていた街です。それから20数年後にその同じ街で、美術館の中で、この巨大なパネルに全身を使って絵を描いていることにまず不思議な思いがしました。目が回るような感覚でした。

プロ生活の半分をすでに費やしているバガボンド。

この10年余の自分と作品の歩み、さらには実際の武蔵の生きた時代から現代までの400年、そういった時間の縦軸と、生意気にも、人間そのもの、国も超えた今同じ時代に生きる人間たちという横軸、その交わる一点で自分が今この絵を描いているというような、一見壮大なうぬぼれのような、しかしうぬぼれとは正反対の感情が湧いてきて、しばらくどう受け止めていいか分かりませんでした。いや、今もまだ少しその感覚は残っています。

場所が何かと縁のある熊本だからそんな思いに導かれたのかもしれません。

そのうちに、今まで漫画を描いてきた日々が、この一点につながっていたことを強く意識しました。

「あのときのあの感情は、あのときのあの思いは、ここにつながっていたのか・・!」

という感じです。そして今回感じているこの感情がまたこの先の何かにつながっていくのかもしれんと。

うーん伝わりませんね。いや、一人か二人でも伝わる人がいるなら意味あることだと思って記しています。ここまでの道のりで、あきらめたり投げ出したりしなかった結果ここに来れた、これを形に出来た、ここに来られて良かったという気持ちはありました。

一方で、光と影の影の部分を描き込む作業が長く、思った以上に(物理的にデカイので特に!)心の何かをしぼりとられ、精神的には少しフラフラになりました。

ポジティブな気持ちとネガティブな気持ち、両方に大きく揺さぶられた準備期間となりました。

こうして地方に来ますと日本中に読者がいることに実は今もビックリします。

ましてたくさんの国々に読者がいるということ、何度も言いますが漫画家を目指し始めた頃こんな状況は想像すら出来ませんでした。
English版のLoungeや、様々な国から直接僕のもとに届くメールに、驚きつつも心の底から感謝しています。お便りをくれる皆さんに。
そして今自分の置かれている状況に。ありがとうございます。まだ行ったことのない国も多いです。いつか訪れてみたいと思います。

 
井上雄彦 
04/22/2009

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