シンガポールに学ぶこと - 松本徹三
2009年04月20日00時10分 / 提供:ニュースブロガー
アゴラ
所用でシンガポールに行き、少し時間があったので、IDA(Information Development Authority)を訪ねて色々話を聞いてきました。IDAは、1992年にTAS(Telecommunication Authority Singapore)とNCB(National Computer Board)が合併して出来た政府機関で、実質的に日本の総務省とほぼ同じ機能を果たしています。 政府組織としては、MICT(Ministry of Information and Communication Technology)があり、大臣もいるのですが、この組織の中には、気象庁と運輸交通関係のいくつかの局があるだけで、情報通信に関係する仕事を実際に行っている人はいません。情報通信関係では、IDAと同格のMDA(Media Development Authority)という機関もありますが、ここはコンテンツに特化しており、放送の規格作りや電波の管理は全てIDAの仕事です。(シンガポールは、多民族、多言語、多宗教の国ですから、新聞や放送は勿論、インターネット上の言論に非常に気を使わなければならず、MDAには、技術や設備等の問題にかまけている余裕はとてもないということなのでしょう。勿論、日本にあるような「ハードとソフトは分離できない」などという非科学的で摩訶不思議な議論は、あり得る筈もありません。)
IDAやMDAには、立法や行政に関する「権限」は一切ありませんが、殆どの政策はここで「起案」され、国会、または大統領府、またはMICTで決定された後、またここに戻されて「執行」される由でした。
IDAの本部は、商業施設に隣接した普通のオフィスビルの中にあり、カリフォルニアの普通の会社のオフィスを、少しだけ手狭にしたという感じでした。突然の訪問にもかかわらず、Directorクラスの担当者が3人ほど出てきて応対してくれましたが、いずれもノーネクタイで、極めてオープンでした。組織運営は一般の会社と一緒で、トップはCEO(政府の任命)、意思決定の機関としてBoardがあり、全員が外部の人間で構成されている由でした。
この機関で働いている人員の数を聞いてみると、合計で1,100人、このうちRegulation(規制・制度)に関係しているのは100人だけで、残りのうち500人は、国家プロジェクトとして現在全力で取り組んでいるe-Government(電子政府)のシステム作り、残り500人は、新しいシステムやサービスの企画や促進・支援を行っているとの事でした。正確な数は聞きませんでしたが、当然技術者の比率が多い感じでした。シンガポールの面積は東京23区とほぼ同じ、人口は約460万人に過ぎませんから、こういう体制でも全てのことがこなせるのでしょうが、何れにせよ、効率が良いことは間違いないようです。
1992年にIDA設立と同時に、それまで国営企業だったSingapore Telecom(SingTel)も民営化されましたが、その際に、固定通信については17年間、モバイルについては5年間の独占が認められました。
モバイルの方は、きっちり5年後の1997年にM1が、2000年にStarhubが、それぞれ競合事業者として営業を開始しました。(設備の建設は2年先行してなされています。)現在のマーケットシェアは、SingTelがほぼ46%であるに対し、Starhubは28%、M1は26%程度で、現在の日本の状況に似ています。(尤も、日本では業界三位のソフトバンクのシェアが未だ20%を切っているので、競合状況という観点からは、ここが未だ若干見劣りします。)
国土の狭いシンガポールの場合は、誰でもが短期間に簡単に「全国カバー」を達成できるので、新興企業はこの点で楽だったという印象を受けました。周波数は、第二世代のGSMについては、先行したSingTelが黄金周波数である900MHzの大半を使い、Starhubは1800MHzしか使っていませんが、第三世代のサービスには、どの会社も2GHz(この国では1900MHzと呼ぶ)の』周波数帯しか使えないことになっており、且つ、この周波数は、3社が5MHzずつ、全く同条件で免許を受けています。
このように、競争の導入により、国内ではこの10年間で46 %までシェアが減少したSingTelですが、その代わり、海外進出に大きなエネルギーが使われています。オーストラリアで第二位のOptusの株式100%を取得して企業統合を行ったほか、インド最大のAirtelの30.4%、インドネシア最大のTelekomselの35%、フィリピンで第二位のGlobeの47.3%、タイ最大のAISの21.4%、パキスタンで第四位のWARIDの30%、バングラデシュで第五位のPBTLの45%の株式をそれぞれ取得して、経営に参画、全体として「世界最大級のモバイル通信事業者」の地位を確立しました。
固定通信の方は、当初は17年間の独占を認められていたのですが、実際には10年前倒しで完全自由化に移行しました。尤も、どんな会社も、今から銅線や光ケーブルを新たに施設してSingTelと競合するわけにはいきませんから、SingTelから設備を借り受け、或いはSingTelと相互接続契約を結んで、サービスを提供しています。
興味深いのは、当初は各社ともSingTelとの相互接続の交渉が難航し、サービスの開始までに多大の時間を要していたらしいのですが、IDAが迅速に動いてRIO(Reference Interconnect Offer)というものを制定、以後はこれに基づいた「自動的な処理」が可能になり、どんな新サービスもスムーズに立ち上がるようになったということです。
もう一つ興味深いのは、WiFiのHotspotサービスです。これには「民業圧迫」という論点から、未だに賛否両論があるようなのですが、少なくとも外国人を含めたユーザーにとって有難いのは、国中の多くの場所で、無料でWiFiのサービスが使えることです。このサービスは、全て国の資金によって整備され運営されています。
シンガポールは小国とはいえ、産業経済の着実な発展という観点から言えば優等生です。2007年の統計を見ると、一人当たりの名目GDPはUS$35,163、実質成長率7.7%、失業率は2.1%で、世界の注目を集めていた頃の日本を見るようです。そして、重要なことは、シンガポール政府自身が、ICTを「国の発展の中枢を担うもの」として位置づけており、実際に鋭意そのための施策を行っているということです。現実に、「ICTの充実度」の国別のランク付けなどを見ても、シンガポールが日本よりも上位に位置している項目が多いようです。
シンガポールはほぼ一党独裁ですが、政治には透明性が高く、ここでご報告した「IDAの仕事ぶり」などにも象徴されるように、多くのことが実務本位に運ばれています。国の存立自体がそれにかかっている故でしょうが、「国際競争力の強化」が何にもまして優先されているような観もあります。そういう状況下では、「既得権者が、自らの立場を守る為に政治的に種々の画策を行う」等ということは許されるべくもなく、このことが、色々な局面でよい結果が導き出される原動力になっているのかも知れません。
脱亜入欧を志した昔から、日本は概ね米国や西欧諸国に自らを重ねあわせ、そこに範を求める傾向があるように思えますが、「実はシンガポールのような国にこそ、今の日本が学ぶべき多くのことがあるのではないか」という思いを、今回の短い滞在で、私はあらためて強く持つに至りました。
松本徹三
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