この章ではTeX と付き合っていく上で避けて は通れない「組版命令」(以下コマン ド)について解説します。TeX で原稿を作る際には、読者に伝えたい 内容(本文)だけでなく、それらの文章をこれこれこういうふうにレイアウト してね、というコマンドを書き込んでいきます。パッと見、ものすごく難しく 感じられる TeX のコマンドですが、別にまったく意味不明の文字列 = おまじ ないではなく普通の英語なので、よく見れば必ず理 解できる短い文章に過ぎません。たとえば、
\begin{center}
ザクとは違うのだよ、ザクとは。
\end{center}
という原稿があったとすると、\begin{center} と \end{center} の部分がコ マンドです。どうでしょう、だいたいの意味はわかりますよね?直訳したって 「中央、はじめ」と「中央、終わり」です。これで
というふうに中揃えにすることができます。簡単ですよね?
世間ではよくこのようなコマンドの類を「おまじない」と称しますが、 私は逆に、ちゃんと意味のある文字列であると考えたほうがよく使うコマンド を覚えやすいと思います。なにも手がかりのない「おまじない」よりは 「中揃え…中…center…」と手がかりがあるほうが記銘は易しい はずです…よね?
この章では、練習問題を例に用いて、基本 的なコマンドの書き方と効果について解説していきます。
はじめに、作成した文書の用紙サイズや行数など、ドキュメント全体のレ イアウトを設定するコマンドについて解説します。これらのコマンドは \begin{document} というコマンドの前に書 き込むことになっています。そのほかの場所に書き込むとエラーとなってしま いますので注意してください。では、練習問題のその部分(プリアンブルといいます)を見てみましょう。
ではコマンドごとに解説していきましょう。
\documentclass[12pt,a4]{jsarticle} …文書のスタイルを設定するコマンド。ここでは jsarticle に設定されてい る。jsarticle は日本語の短いレポート・論文で使われるスタイルである。他 にも tarticle や jsbook などのスタイルがあり、それぞれ縦書き文書や本な どを作る際に用いられる。[12pt,a4] の部分はオプションで、これを加えるこ とで文字や用紙のサイズを変更することができる。ただし、TeX では扱える文字のサイズが決まっており、 16pt など自由に設定することはできない(注)。 jsarticle で扱える文字サイズは 9pt、10pt、11pt、12pt、14pt、 17pt、20pt、21pt、25pt、30pt、36pt、43pt の12種類となっている。←「美文書」版の古い TeX ではすべて使用できるかビミョー な感じ。最近の TeX では使えます。
\usepackage[dvips]{graphicx} …使用するパッケージを指定するコマンド。パッケージと は、たとえるなら FF の「アクセサリ」のような もので、これを用いることで様々な機能を追加することができる。 {graphicx} はその名のとおり、グラフや写真などの図を扱えるようにするた めのパッケージである。[dvips] の部分は上と同じくオプションである。パッ ケージには他にも英数字のフォントを変更するものや、自動的に索引を作って くれるものなどがある。また、心理学科の先輩方が作った専修大学の卒論用のものもある。
\renewcommand{\refname}{引用文献} …もともと設定されているコマンドの内容を変更するコマンド。文献リスト の見出しがデフォルトでは「参考文献」となっているが、基礎実験のレポート では「引用文献」とするように決められているので、文献部分のタイトルを変 更している。
\title,\author,\date …文書のあたまにタイトルや作者、日付を挿入するためのコマンド。基礎実 験ではあまり使う機会がない。よって説明もしない。夏休みの課題で使うかな …ま、その時は自分で調べてください。
\begin{document} …文書のなかみがここから始まる、ということを表すコマンド。TeX はこの 直後から \end{document} までの範囲内にあるテキストとコマンドを処理して dvi ファイルに出力する。
\maketitle …このコマンドを書かないと上の \title などは出力されないので注意。こ れは \begin{document} のあとに書く。
ここまでが文章全体の設定をおこなうためのコマンドです。もちろんこの他 にもたくさんのコマンドがあるので、作成する文書の体裁にあわせて書き加え ていきます。このあとでも少し解説しています。
つづいて、文章の構成を定義するコマンドについて解説します。定義、と書 きましたが、まぁそこまで難しく考えなくても「見出しを出すコマンド」ぐら いに考えておけばいいでしょう。ただ見出しを出すだけならあとで述べる文字 を太くしたり大きくするコマンドを使ってもいいんですが、こちらを使ったほ うが理にかなっていると思います。jsarticle で使える文書構造は以下のとお りです。
\section{節} …「節」の開始を表すコマンド。このコマンドの直後から次の \section ま での範囲に書かれたテキストを1つの節とし、そのタイトル を下のように出力する。
\subsection{小節} …節(section)を細かく分けた小節(subsection)の開始を表すコマンド。次の \subsection までを1つの小節とし、そのタイトル を下のように出力する。
\subsubsection{少々節} …小節を…少々節…(以下略)。
\begin{thebibliography} 〜 \end{thebibliography}…文献リストの開始と終了を宣言するコマンド。 \begin{the...} と書いた場所に \renewcommand で変更した見出し「引用文献」 が出力される。
文書の構造を表すコマンドにはこの他にも \part や \chapter などがあり ますが、レポートで使うことはまずないでしょう。
ここで紹介するコマンドは限られた範囲 内の文書レイアウト(書体やサイズなど)を変更するために使用する ものです。文書の中のある部分を強調したい時などに用います。レポートの本 文で使う機会はあまりないような気もしますが、引用文献を書く際に必要なも のもあります。
\tiny,\scriptsize,\footnotesize,\small,\large,\Large, \LARGE,\huge,\Huge …いずれも文字のサイズを変えるコマンド。\tiny が最小、\Huge が最大。 これらのコマンドを使う時は {\large 大きな文字} のように { } で囲む。ま た、コマンドと文字サイズを変更したい文章・単語との間には半角スペースを はさまないといけない。
\textbf,\textit
…文字の書体を変えるコマンド。\textbf は太字、\textit は
斜体に変更する。こちらのコマンドは \textbf{太字にしたい!} のよ
うに記述する。なお、TeX では日本語は斜体にならな
い。HTML でも使えるっちゃ使える、という程度
だ。この2つのコマンドは文献リストを作る際に必須である。まず、外
国の文献は書名をイタリックで記述する決まりになっている。つまり、
Japan-''Sushi,Fujiyama,Geisya''
のように。また、引用した文献が雑誌・専門誌などであった場合、その巻号を
太字で記述しなければいけないことになっている。なお、“太字”と“ゴシッ
ク体”はビミョーに違うものです。そのため、「ゴシック体で」と指定された
時には\textbfよりも\textsfを使うほうがよいで
しょう。
上に示した2種類のコマンドは組み合わせて使用 することができます。たとえば、\textbf{\large 太くて大きい文字} のようにすると、太くて大きい文字 のようになります。青くはならないけどね。
\begin{なんとか} と \end{なんとか} のように対になったコマンドを「環 境」といいます。これは、\begin と \end にはさまれた部分を中揃えや右寄 せにレイアウトします。
\begin{flushleft}〜\end{flushleft} …環境の中のテキストを左寄せにする。
\begin{flushright}〜\end{flushright} …環境の中のテキストを右寄せにする。
\begin{center}〜\end{center} …環境の中のテキストを中揃えにする。
\begin{quote}〜\end{quote} …環境の中のテキストを引用部分として処理する。具体的には地の文より2文 字ぶん行頭をインデントする。
これで基本的なコマンドについての説明が終わりました。上に書いたコマン ドが使えれば、レポートに限らずほとんどの文章で不自由することはないと思 います。しかし、これらのコマンドをいちいち打ち込むのは面倒ですし、たい がいどこかにミスが発生します。ところがなんと WinShell にはあらかじめコマンドを登録しておいて、必要な 時にボタン一つで呼び出せるという素晴らしい機能があります。それ が「マクロ」と言われるものです。ここからは、そのマクロ機能について説明 します。
WinShell のマクロ機能を使えば、あらかじめ登録した図表を挿入するため の一連のコマンドなどをボタン一つであっという間に入力することができ、た いへん便利です。これを活用しない手はありません。ではさっそく、その方法 を説明していきましょう。まずメニューバーから [Option]-[Macros] を選択します。すると下のようなウィンドウが開くと思います(図は実際とは ちょっと違うかもしれません)。
このウィンドウでマクロをひとつひとつ設定していきます。はじめに、マク ロに名前を付けます。名前は出力するコマンドの内容と関連を持たせたほうが いいでしょう。たとえば、図を表示するコマンドを登録するなら名前は figure とするなどです。その名前をNameの部分に入力します。その下はその コマンドを呼び出すためのキーバインド(割り当て)を決める部分です。 WinShell のキーマクロは Shift+Fx(xは1〜12) の組み合わせで呼び出します。F キーとはキーボード上部の F1 とか F7 のようなファンクション・キーのことです。別にいきなり F9 とかに設定 しても構いはしませんが、普通は F1 から順番に設定していきます。キーバイ ンドを決定したら [OK] を押せばマクロが登録されます。[OK] を押す前に他 のマクロを登録しても構いません。自分がよく使うコマンドを登録すればする ほど、WinShell での TeX 文書作成の効率が上がります。あのマクロ、どのキーに登録してたっけ? というおマヌ ケなこともよくありますが(^^;)どんどんマクロを活用してください。
次に紹介するコマンドを簡単に使う方法は、TeX のコマンドを MS-IME に単 語として登録しておくことで、コマンドをスペースキーによる漢字変換で呼び 出せるようにする、というものです。これはいくつかの TeX 解説サイトを回っ ている時に知ったものなのですが、けっこう目からウロコの方法でした。やり 方はとっても簡単です。Windows の画面の右下、時計の横にある[あ]のアイコ ンを右クリックしてください。すると出てくるメニューの中の「単語・用例登 録」を選択します。登録画面になるので、上段の「読み」には例えば「ふとじ」 など、そのコマンドを呼び出すための名前を入力します。下段の「語句」には 呼び出したいコマンド、例えば \textbf{} などを入力します。あとの「品詞」 とかコメントはどうでもいいので、「登録」ボタンを押します。これで 1行程度で収まるコマンドなら WinShell などでの文書作成中に簡単に呼び出 せるようになりました。個人的にはそこまでコマン ドに拒否反応がないので(というかむしろ好き)、あまり必要性を感じないの ですが。
さて、これでひととおりコマンドについての解説は終わりました。 もちろん、これ以外にも膨大なコマンドとパッケージが TeX には用意されて いますので、それらを活用すればさらに「美しい」レポートを作ることができ ますが、そのあたりについては「おまけ」の項で 触れたいと思っています。ですがとりあえず、これだけのコマンドを知ってお けばレポートは作成できると思います。そこで、5章ではいよいよ実際に基礎実験のレポートを TeX で 作る上での注意事項などを説明していきます。