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小説家になる方法・入門 マガジンNo.8035小説家になりたい人のための小説入門講座。現役の批評家が、最近の文壇で活躍する作家や作品を素材に、わかりやすく、かつ理論的に、解説していきます。
■最終発行日:2004/10/05 17:26■発行周期:不定期■読者数:96人
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2004/10/05
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『小説家になる方法ー入門 』2004/10/5 ┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏ ===================================================== ■ 編集前記■ ●御無沙汰しております。このメルマガを始めると同時に、「田口 ランディ盗作問題」から始まった「2ちゃんねる」騒動に巻き込 まれ、そのうちに、メールマガジンの方に手が回らなくなり、 すっかり休刊状態を続けてしまいました。いつもやる気はあった のですが、なかなか再開する気分になれませんでした。というの もここに発表すると、中身がそのまま「2ちゃんねる」のスレッ ドに「貼り付け」されるために、少し神経質になっていました。 ●「2ちゃんねる」騒動もほぼ決着がつき、小生のパソコン技能 もかなりアップしました(笑)ので、ここで改めて最初の決意の 時点に立ちかえり、気分一新で当初の目的に向かって再出発しな おしたいと思います。●休刊している間に、文学の世界では、19 歳や20歳の新人作家が登場し、全国紙の一面トップを騒がせると いう前代未聞のハプニングもありました。●また個人的には、今 年の四月から日大芸術学部文藝学科で、講師として教えることに なりました。●さて、今回は、テスト号として、小生が、最近、 書いた書評(「週刊読書人」)をお届けします。次回からタイト ルどおりに「小説入門講座」として再スタートします。よろしく お願いします。●また、HPなどのアドレスに変更がありました ので、以下にまとめました。閑な時に覗いてみてください。 HP・・…… http://yamazakikoutarou.gooside.com 日記・……… http://www4.diary.ne.jp/user/412147/ 文藝時評(「月刊日本」連載)…… http://d.hatena.ne.jp/yamasaki3/ 平成文壇血風緑(月刊「自由」連載)… http://blog.livedoor.jp/koutarou_yamazaki/ ============================================== 柳美里『八月の果て』を読む。(「週刊読書人」8月25日号掲載) ============================================== ■ 存在の危機から祖父の物語へ ……祖父は、何故、日本に渡ってきたのか ……事象そのものへの遡行 柳美里は処女小説『石に泳ぐ魚』以来、一貫して「問題作家」 だった。それはサラリーマン以上にサラリーマン的な小市民的価 値体系の中に閉じこもる作家たちが大多数である現在、きわめて 目立つ存在であると言わなければならない。プライバシー裁判、 サイン会中止事件、私生児出産事件、酒鬼薔薇少年擁護論……。 そしてこの『八月の果て』をめぐる朝日新聞連載中絶事件。柳美 里がこれだけのスキャンダラスな事件の中心人物となりえた理由 は、「事実」や「体験」や「生活」に固執する私小説的な作家だ からだ、と私は思う。 私は、柳美里が主演するテレビのドキメンタリー番組を、偶 然だが二回ほど見た事がある。一つは自殺未遂を繰り返していた 孤独な少女時代に、物心両面からお世話になったらしい初老の男 性を千葉県外房の大原に訪ねていく番組であり、もう一つは父祖 の地である韓国に、祖父の来歴を訪ねていく番組であった。父祖 の地を訪ねる番組では、柳美里の祖父の親友としてベルリン・オ リンピックのマラヒンで金メダルを獲得した「孫基禎」が登場し、 同じく有望なマラソン選手だった祖父の話を詳細に語るというも のだった。まさしく『八月の果て』のテーマである。ところがそ れ以上に驚いたのは、柳美里が訪ねていった千葉県大原の男性だ った。実は私もその男性に面識があったからだ。その男性は私が その頃よく行っていたオート・キャンプ場の平凡な管理人だった。 しかし柳美里にとっては、おそらく死の淵をさ迷っていた柳美里 の「存在の危機」を救ってくれた人だったのだろう。 私は、柳美里の新作『八月の果て』を読み、「事実」と「体験」 を執念深く追求していくこの二つのドキュメンタリー番組のこと を想い出した。柳美里の文学の本質は「事実」と「体験」を徹底 的に追求していくところにある。この『八月の果て』という作品 も例外ではない。「存在の危機」と「存在の回復」に深く関わっ たこの二つのドキュメンタリーは、いずれもこの小説の中で重要 な役割を担っている。とりわけ柳美里が韓国の慶尚南道の密陽( ミリャン)を訪れるドキュメンタリーは、この小説誕生の起源そ のものと言っていい。 この小説は内容的には柳美里の一族の歴史を描いている。在日 一世の祖父(李雨哲)、在日二世の母(信姫)、そして在日三世の柳 美里。これが構造的な縦糸である。それにこの祖父の弟で若くし て革命運動に殉じた李雨根。あるいはこの祖父が日本人妻や愛人 たちに産ませた子供たちや日本の植民地時代の韓国に住む日本人 たち、などが横糸である。むろん、そこには日韓併合から皇民化 教育、創氏改名、抗日闘争、従軍慰安婦、そして「八月十五日」 の日本の敗戦と朝鮮の開放・独立……などの歴史的な問題がちり ばめられ、その合間に韓国・朝鮮の歌や風俗、宗教儀礼がふんだ んに引用され描かれている。 ところで、この小説の大きな特質は、主調低音として絶えず冒 頭から結末まで繰り返される「すっすっはっはつ」という走者の 呼吸音であろう。わずらわしいノイズと思う読者も多いかもしれ ない。しかしここにこそ、柳美里の発見と創造がある。 また日本語の世界への韓国語の暴力的な多用は、何を意味して いるのか。私は、これらは、柳美里の存在の危機そのものを体現 していると思う。日本語と韓国語が入り乱れていた家庭に育った 柳美里にとってそれこそが自然であって、日本語だけ、あるいは 韓国語だの世界こそが不自然だったのだ。かつてそれは、柳美里 に存在の危機をもたらしたが、今はむしろそれが存在の回復の象 徴と化している。「すっすっはっはっ。すっすっはっはっ」とい う走る男の呼吸音や、日本語と韓国語の混合こそが、救いの恩寵 となっているのだ。 では柳美里は、どういう動機からこの小説を書き始めたのだろ うか。柳美里にとっては長い間、祖父は憎むべき対象だったらし い。この祖父こそはおそらく柳美里に存在の危機をもたらした張 本人だった。母親から聞く祖父とは、妻子を棄て、祖国を棄て、 あらゆるものから逃げて日本へ渡り、そこでは日本人妻との間に 子供を設けるがそこからも常に逃げ続けていた男の物語だった。 ところが柳美里は、その祖父が、「走る」という一点において「 逃げない男」であったという事実を発見し、歓喜する。そして書 き始めたのがこの小説である。むろん、この新しい物語は柳美里 の存在の危機を救ったはずだ。 私は、この小説を読みながら、柳美里という作家の「個人的な 暗い執念のようなものを感じた。柳美里は、何故、これほどまで に自分の過去の体験や事実に深く固執するのか。言い換えれば、 何故、柳美里は多くの現代作家たちのように私小説的世界ではな くフィクションやメタフイクションの世界を目指さないのか。何 故、あえて古いと思われている私小説的な小説のスタイルに固執 するのか。 私は、その理由は、柳美里という作家が、自分自身の存在の危 機から出発した作家だからだと思う。それは新しいとか古いと問 題を超えている。むろんどんな作家も存在の危機から出発するだ ろう。しかしその存在の危機の深さが違うのだ。柳美里は、たと えば「自分には書くことはない……」などというようなホスト・ モダンン的言説に酔うことが出来ないほどの存在論的な作家なの だ。柳美里が、在日三世という奇妙な自分の存在条件や祖父の来 歴の物語に固執する、いわわゆる「私とは何か」「祖父は、何故 、妻子や祖国を捨ててまでも日本に渡ってきたのか」と問う私小 説的な作家たらざるをえない理由がそこにある。 さて、柳美里はあるインタビューで、この小説を書き終えての 感想として「疑問符は疑問符のままに残った」と言い、同時に「 本当の問いには答えがないと思う」と言っている(「読売新聞」 8/16夕刊)。つまりこの小説は、日韓両国にまたがる膨大な歴 史資料の解読と現地調査の上に成立した1700枚にも及ぶ大長編小 説であるが、それでも最終的な答えは見つからなかったと柳美里は 言っているわけである。言い換えればこの小説の真髄は最終的な答 えではなく、探求と調査と分析のプロセスそのものにあるというこ とだ。つまり柳美里という作家は、「私とは何か」を求めて執拗な 探求の旅を続ける作家なのだ。 「柳美里」という名前の名付け親であり、また一族の苦難の原 点そのものであった祖父を描いたこの小説が柳美里にとって幸福 な作品であることは間違いない。おそらく柳美里は、自分はこの 作品を書くために作家になったのだと思っているに違いない。そ れは作品の成功/失敗という問題の次元を超えているはずだ。こ の小説は、巫女による死せる祖父・李雨哲と柳美里の宗教的な次 元の対話の場面から始まるが、この場面が象徴するのは、祖父と 孫娘との和解である。そこが、日韓という国家と国家の狭間にあ る砂漠だとしても、柳美里は自分の存在の根拠はここにある、と 存在の回復への道を確信しているはずである。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 読売文化センター・川越教室からの≪お知らせ?≫ ==================== ★はじめての小説実作教室 ★ ==================== 講師→山崎行太郎 (文芸評論家・日大芸術学部講師) ■読売文化センター・川越で、新しく「小説入門講座」 を開講します。土曜日の午後0時から午後2時までです。 教室は、川越駅前の第一住宅ビルの中にあります。 ■≪無料体験教室≫を開催しています。興味のある方は、 下記まで、お問い合わせ下さい。 ■現役の批評家が、小説の書き方を判り易く、 理論的に指導致します。書く上での基本ルールや、読 ませるコツを押さえて、あなたも文壇デビューを目指 しませんか! ■第1・3土曜 12:00〜 3ヶ月 12,000円(教材費別) ================================== 読売文化センター・川越教室 電話→ 049-247-5000 JR川越駅西口(徒歩1分)・第一住宅ビル5F ================================== ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ●発行者プロフイール● ●山崎行太郎 (yamazaki koutarou) 文芸評論家。 慶応義塾大学文学部哲学科卒。同大学院終了。東京工業 大学 講師を経て、現在,埼玉大学講師、日大芸術学部講師。 朝日カルチャー・センター講師(小説教室) ●『小林秀雄とベルグ ソン』(彩流社)『小説三島由紀 夫事件』(四谷ラウンド)。月刊誌『自由 』に『平成・ 文壇・血風録』、『月刊日本』に『月刊・文芸時評』連載。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ───────────────────────────── 【解除はこちら】 http://cgi.kapu.biglobe.ne.jp/m/8035.html メールアドレスを入力 ※規約に同意する
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■登録日:2003/07/14 13:55
■形式:ノーマルテキスト形式 ■累計発行数:218
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