新潟県佐渡市で試験放鳥されたトキのうち、雌ばかりが本州に渡った。1羽は宮城県から山形県へと自由に遠くまで飛び回っている。雄が佐渡島にとどまっているのと対照的だ。雌はなぜ遠くを目指すのか。【足立旬子】
「私の知っているトキの姿とはあまりにも違う」。佐渡とき保護会顧問の佐藤春雄さん(89)は、雌のおてんばぶりが信じられない様子だ。
今月3日、1羽の雌が放鳥場所から250キロも離れた宮城県角田市で見つかった。位置が分かる全地球測位システム(GPS)によると、1日で奥羽山脈を越え160キロも飛んでいた。11日には山形県米沢市で確認された。
かつて、佐渡にいたトキは島から離れた例がほとんどない。神経質で人を恐れ、山中からあまり出てこなかった。ところが、この雌は天敵のカラスとの空中戦まで目撃されている。佐藤さんが驚くのも無理はない。
別の1羽は3月、長野県内で目撃された。昨秋放鳥されたトキは雌1羽が死に、雄1羽は行方不明で、雌雄4羽ずつ生息。4羽の雌はみな本州に渡り、うち1羽だけしか佐渡に戻っていない。
佐渡トキ保護センターの金子良則獣医師は「トキは何世代も佐渡島で暮らすうちに、行動範囲が極端に狭くなったのだろう。でも、もともとは日本各地にいたのだから、ある程度の距離は移動していたはず」と話す。
トキは4月下旬までに相手を見つけ、巣作りにとりかかるのが一般的だ。タイムリミットはもう来ているのに、旅を続ける雌たち。なぜ雌だけが活発なのか。
山階鳥類研究所(千葉県我孫子市)の尾崎清明・標識研究室長は「渡り鳥の移動距離は雄よりも雌が長い。移動をしない留鳥も、親の縄張りを離れて新天地を求めるのが雌です」と説明する。
英オックスフォード大が約30年間、シジュウカラの行動を追跡すると、明らかに雌の方が遠くに移動することが観察されたという。
だが、トキの雌が遠くを目指す理由は謎に包まれている。立教大の上田恵介教授(動物行動学)は「近親交配を避けるため、兄弟ではない雄を探しているのではないか。鳥の世界では基本的に雌が雄を選ぶ。雄には選択権はない。佐渡に戻ったのは、本州では相手が見つからなかったため」とみる。放鳥トキは中国生まれのトキのペアの子孫。カップルになるのは、いわば家族内での恋愛になる。
中国では2年前、26羽が放たれ、1ペアから3羽のひなが生まれた。日本でも野生のトキの2世誕生は期待できるのか。
実は一時、雌3羽が入れ代わり立ち代わり、2歳の雄の元にやってきていた。しかし、お互いに羽づくろいをするなどの愛情行動まで発展しなかった。
この雄は、最初に一緒にいた雌が野生動物に襲われて死んでしまった。そのため、地元住民からは「初恋のみかんちゃん(雌のニックネーム)を忘れられないのだろう」と同情の声も上がる。
上田さんは「今期が駄目でも、雄と雌が近くにいれば来年は可能性がある」と望みをつなぐ。ただ、「候補をもっと増やさないと、ペアになる確率は上がらない」と提案する。
毎日新聞 2009年4月22日 12時58分(最終更新 4月22日 13時14分)