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社説:カレー事件判決 裁判員が裁くためには

 11年前に4人が死亡、63人が急性ヒ素中毒になった和歌山市の毒物カレー事件で、最高裁は殺人罪などに問われた林真須美被告の上告を棄却した。被告の死刑が確定する。

 被告は一貫して無罪を主張したが、判決は、検察側の状況証拠を「合理的な疑いを差し挟む余地のない程度に証明されている」と積極的に認め、「動機が解明されていなくても認定を左右しない」と判断した。

 判決は、犯罪を直接に証明する証拠はないものの、カレーに亜ヒ酸を混入できたのは被告だけで、亜ヒ酸は被告宅から検出したものと同じ成分だと認定した。検察側は1審で、科学鑑定を含めて1600点を超える証拠を申請し、証人は100人近くに上った。95回の公判を重ね、判決まで3年7カ月を要した。プロの裁判官が長期間かけた審理だが、動機は明らかにならなかった。

 来月には、殺人や放火、身代金目的誘拐など重大事件を対象とした裁判員制度が始まる。最高裁は「裁判の7割が3日以内で終わる」と、市民の負担に配慮し、制度への参加を呼びかけている。だが、最高裁の統計によると、否認により有罪か無罪かを争う事件は制度が対象とする裁判の3分の1を占めるのも事実だ。

 カレー事件のように被害者が多い場合、有罪と認定されれば死刑になる審理が想定される。ただ、こうした難しい判断を迫られる事件にこそ市民の良識を反映させるべきだ。

 そのためには、裁判所、検察庁、弁護士会は、真相解明に支障を来さない手だてを尽くす一方、裁判員の負担を軽減する工夫をしなければならない。自白に頼らない捜査を徹底し、取り調べの録音録画による全面的な可視化や、公判前整理手続きの適正な運用が欠かせない。

 広島市の女児殺害事件で、裁判の迅速化を優先し、整理手続きで犯行現場を特定しないなど審理を尽くさなかったとして、広島高裁が昨年12月、審理を地裁に差し戻した。裁判員が十分に議論し、判断できる証拠の選定が求められる。裁判員が加わらない整理手続きの透明化も大切だ。さらに検察、弁護側双方は、裁判員の理解を得られる尋問技術を磨かなければならない。

 裁判員制度では連日にわたり法廷を開くという。それでもカレー事件のようなケースでは、週1~2回の開廷で数カ月かけて審理を尽くすなど、柔軟な対応を検討していい。裁判員の覚悟を伴うが、企業の有給休暇制度の活用や育児支援など社会全体がサポートする体制も必要だ。

 状況証拠の当否の判断には、市民の経験や常識を生かしたい。それが裁判員制度本来の目的であり、司法の信頼を高めることにつながる。

毎日新聞 2009年4月22日 東京朝刊

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