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社説

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毒カレー事件―死刑判決と残された宿題

 11年前、和歌山市内の自治会の夏祭りでカレーを食べた住民4人が死亡し、63人が急性中毒になった。この事件で、カレーにヒ素を混入したとして殺人の罪などで起訴された林真須美被告の死刑が、最高裁で確定する。

 「被告が犯人であることは、合理的な疑いを差し挟む余地のないほどに証明されている。被告は犯行を全面的に否認して反省しておらず、その刑事責任は極めて重い」

 最高裁の判決は明解だった。しかし、事件が起きて以来ここに至るまでの道のりは長かった。

 林被告は当初は黙秘し、のちに無罪を主張した。ところが、犯行を直接証明する証拠はない。検察側は、犯行に使われたヒ素の鑑定書や住民らの目撃証言など約1700点の状況証拠を積み上げた。

 最高裁は、混入されたものと同じ特徴のヒ素が被告の自宅から見つかったことや、被告の頭髪からも高濃度のヒ素が検出されたこと、被告が鍋のふたをあけるところを目撃されたことなどを総合して結論を導いた。

 同じ第三小法廷は先週、検察の立証に合理的な疑いがあるときは無罪を言い渡すという原則を適用し、痴漢事件で逆転無罪を言い渡したばかりだ。

 痴漢事件は3人の判事の多数意見だったが、今回は全員一致だ。弁護側は再審請求を申し立てる方針だが、一、二審に続いて最高裁までもが、同じ証拠で同じ結論に至ったことは重い。

 未解明に終わった犯行の動機は、有罪の認定を左右しないと最高裁は判断した。だが遺族や被害者には、何のために被害にあったのか、今にしてもわからない。もどかしさが残る。

 来月から始まる裁判員制度へ向けても宿題が残った。

 被告が否認し、直接証拠もない事件では、法廷で証拠を徹底的に吟味する必要があり、長期化は避けられない。今回の一審では90回以上の公判が開かれ、判決までに3年を超えた。

 私生活を後回しにして参加する裁判員は、そんな長期の審理に耐えられるだろうか。

 審理が拙速に走って被告・弁護側が十分準備できないような事態は論外だが、裁判官、検察官、弁護士には、公判前整理手続きで、公判の極端な長期化を避ける道をさぐってほしい。

 この裁判の下級審では、逮捕前の林被告をインタビューしたテレビ映像のビデオが証拠として採用された。

 取材結果は報道目的以外には使わないのがジャーナリズムの鉄則だ。取材を受けた結果が、自らの訴追に利用されるのなら、取材に応じる人はいなくなる恐れがある。

 それは報道の自由への大きな障害になり、結果的に国民の知る権利が損なわれる。これもまた事件の宿題だ。

海賊新法―詰めの論議をしっかりと

 アフリカ・ソマリア沖の海賊の活動が活発化している。人質を救出しようとした米軍やフランス軍の艦艇と銃撃戦になり、人質や海賊に死者が出る事態も起きた。

 海上自衛隊をはじめ、約20カ国が艦艇を派遣し、取り締まりにあたっているが、今年になって海賊の襲撃は70件以上にのぼる。すでに昨年1年分の7割を超えた。28隻の商船と乗組員ら230人余が人質になったままだ。

 こうした事態を受けて、国際社会は、海賊情報を国際的に共有して対処する情報センターを創設したり、拘束した海賊を周辺国の裁判所で裁くための取り決めを検討したり、具体的な協議に動いている。

 米国のクリントン国務長官は、海賊が入手した身代金が高速艇などの装備購入につながっているとして、金融機関で凍結する手だてを講じるよう提起している。

 さて、日本の国会でも海賊対処法案の審議が進んでいる。週内には与野党で法案の修正が話し合われ、早ければ連休前にも衆院を通過する見通しだ。

 現在の護衛艦派遣は、日本近海を想定した自衛隊法の海上警備行動の規定を根拠にしている。被害が深刻化する中で、緊急対応する必要があったためだ。早く海賊対策を目的とした新法をつくり、自衛隊の活動の範囲や手順をきちんと位置づけなければならない。新法の狙いはここにある。

 だが、先週から始まった審議では、ソマリア沖での最近の状況や、国際社会の動きに即した論議があまり聞かれない。与党もそうだが、とりわけ最大野党の民主党の議論に精彩を欠くのは残念である。

 党内の賛否が割れていることに加え、選挙で共闘したい社民党が派遣に強く反対していることへの配慮もあって焦点を絞りにくいようだ。

 とはいえ、海賊という失敗国家ソマリアが生んだ新しい脅威にどう対処するか。一方で、自衛隊をめぐる法制度のあり方が問われる事態でもあるのだから、明確な態度を示して審議にのぞむべきだろう。

 政府が提出した法案には詰めるべき課題が少なくない。

 海上保安庁の手に負えない場合に海上自衛隊を出すことになっているが、その判断基準は何なのか。警告にもかかわらず海賊行為をやめない時は武器を使えるというが、武器使用の範囲を拡大するのは妥当なのか。国会による事前承認の規定がなくて、文民統制は大丈夫なのか――。

 国民の多くが、こうした点を不安に思っているに違いない。国会論戦を通じてそれらをただし、足らざるところがあれば法案の修正を求める。それこそが、政権を目指すという第1野党の果たすべき役目だ。

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