ぱちモルガンの詐欺師たちが「中国版権ビジネス」の名目で巨額の金を集めていることは以前から知られていた。私たちのところにも「一億円投資したが大丈夫か」などという投資家からの相談が寄せられたものだ。しかし、肝腎のビジネスのしくみについては証言が漠然としていて、なかなか真相をつかむことができなかった。ここ半年取材を積み重ねた結果、どうにか「中国版権ビジネス」の全体像を知ることができたので紹介しよう。
まずはじめに、版権について簡単に説明しておく。日本とは違って中国で何かを出版しようとすると、当局から出版許可を受ける必要がある。日本企業が中国で書籍やビデオなどを出版する場合、現地の出版社が持つ出版許可の枠を借りて、共同出版のような形にする必要があるのだ。これは旧来の出版だけではなく、iモードのようなコンテンツサービスやコンピュータゲームのソフトにもあてはまる。有力な出版社と結びつきが強ければ、それだけ中国での出版に有利ということになる。この出版許可の枠を権利化して売買の対象にしたのが「版権」=出版権というものだ。特定の著作物に対する権利ではなく、「中国で著作物を一回出版できる権利」と言ったほうがわかりやすい。
ぱちモルガンが売っているのは、中国科学文化音像出版社が持つマルチメディア出版権だ。ところが、実際にはこの出版社から直接出版権を買うとか、日本での代理店になるというような契約にはなっていない。北京にある国創新経済研究所という企業に投資すると、国創から「認定」を受けられるという、よくわからない説明だ。国創の社長は馬建校という中国国務院関連のエリートで、彼のコネクションで科学文化音像出版社が持つ出版権を迅速に確保することができるというのだが、これでは口約束に近い契約というほかはない。日本国内の出資者には、国創の「認定企業」であることを証明する金色のプレートが送られてくるだけだ。その値段は一枚一億円以上になる。
すでにお気づきの読者も多いだろうが、これは前回の記事で紹介したように、ベネッセが引っかかり、契約寸前まで行った事業と同じものだ。ベネッセは国創との合作(合弁)会社を設立し、一〇億円を出資することで、学習教材を中国で出版する足がかりをつくろうとした。中国版権ビジネスの出資者も、やはり国創との合弁会社を設立したり、そうした企業に出資することを要求されている。それではこの国創新経済研究所とはどういう企業なのだろうか。
取材を進める過程で、私たちは二〇〇〇年一二月一四日の日本経済新聞に掲載されたひとつの記事に注目した。それは、韓国のユニソフトという日韓翻訳ソフトを開発しているベンチャー企業にソニー子会社が出資したという記事だ。その後も日経の系列紙にたびたびユニソフトの名前が登場するが、まとめると、ユニソフトが日本子会社のユニソフトジャパンを設立するにあたって、ソニーが子会社経由で三億円出資したということらしい。ユニソフトジャパンはソニーやトヨタ子会社の広告代理店デルフィスと協力して日韓翻訳ソフトの実用化を進めているとある。
ユニソフトジャパン設立の際、コンサルティングをしたのはヌーヴという会社だ。ヌーヴは中村暢孝が社長をしていた頃のポッカクリエイトに多額の資材を納入するなど、ぱちモルガンのフロントと目される会社だ。いやそれ以前に、設立当時のヌーヴはエフ・エヌ・エスモルガンと同じ、渋谷区恵比寿西のビルに同居していたから、一心同体と言ってよいだろう。ユニソフトジャパンにはヌーヴの取締役がほぼそのまま横滑りしたほか、登記には日本留学中の馬建校や、偽名を使ってはいるが中村暢孝らしき人物の名前も見受けられる。
ユニソフトジャパンは実質的に半年ほどしか活動していない。この間、ソニーからマニュアルの翻訳を請け負ったり、提携先のデルフィスに翻訳ソフトの試作品を持ち込んだりしていたようだが、活動の主力は中国での関連会社設立に向けられた。そうして設立されたのが馬建校の国創グループというわけだ。以後、ぱちモルガンは国創に対する投資を日本国内で勧誘するため、さまざまな工作を行うようになる。勧誘の主体は中村暢孝が代表取締役を務めるCERジャパン、「国創グループ日本代表」の肩書きで動いているのはベネッセ裁判で名前の出た久保和史だ。このほか、有名舞台女優の次男で芸能プロダクションを経営する人物が介在し、驚くような有名企業にも中国版権ビジネスを売り込んでいった。
二〇〇二年五月、中国のいくつかの新聞が、国創新経済研究所の招きで日本から企業訪中団が来る予定だという記事を掲載した。記事には博報堂、サンマーク情報システム、アクセスなどの有名企業トップや幹部社員が名を連ねている。国創はこのほかにも「調印式」「記念大会」などの名目でしばしば日本企業の主だった人物を北京に招き、人民大会堂を借りて豪華な式典を催している。個人投資家もこの式典に招かれ、有名企業の関係者を紹介されてすっかり信じ込んでしまったというわけだ。式典の模様はビデオに収録され、さらにぱちモルガンの宣伝材料に使われた。ベネッセの森本昌義社長もこのビデオを見て心を動かされたのだろうか。
当初、中国版権ビジネスの事務局はデルフィス社内に置く予定だったらしい。事実、当時の副社長が国創主催の式典で挨拶をするなど、デルフィスはこの事業に一時期深く関わっていた形跡がある。しかし二〇〇二年一〇月、デルフィスは「運営段階でのリスクが高い」ことを理由に、中国版権ビジネスから全面的に撤退した。博報堂もほぼ同じ時期に撤退したと思われる。しかしぱちモルガンはその後も「デルフィス(トヨタ自動車子会社)」と明記したパンフレットを配付して勧誘を続けていたことがわかっている。
二〇〇三年一一月、ソニーはゲーム機「プレイステーション2」を中国で発売すると発表した。ぱちモルガンはこれに合わせるように「プレイステーション用ソフトの発売には多数のマルチメディア出版権が必要になる。今のうちに出版権を確保しておけば、ソニーが頭を下げて買いにくる」などとして盛んに営業を行った。この過程でひとりのソニー幹部社員の名前が前面に出てくる。ベネッセにぱちモルガンの久保和史を紹介した在日韓国人、韓研煕だ。
私たちの取材によれば、韓研煕と名乗る人物は実際にソニーの名刺を持って出資者の前に姿を現し、中国版権ビジネスへのバックアップを「確約」しているようだ。ぱちモルガンはソニー社内での韓の立場を強固なものとするためと称して、ソニーがらみのさまざまなビジネス、例えばゲーム雑誌への出資などを次々と提案しているという。韓については、すでにソニー上層部による内部調査が開始されている模様で、ぱちモルガンとの関係もいずれ明らかにされるものとみられる。