07 詐欺師に訴えられた有名企業

 ぱちモルガンの詐欺師たちは、個人から大企業までを相手に年間数十億円にのぼる詐欺をはたらいているが、被害者から訴えられることはあまりない。詐欺師たちが証拠をほとんど残さないよう上手に立ち回っていることに加えて、被害企業の幹部を巧みに「共犯者」に仕立ててしまうからだ。そんな中、詐欺に遭った一部上場企業が、ぱちモルガンから逆に「信用毀損」で四億円あまりの損害賠償を請求されていることがわかった。

 ベネッセコーポレーション(旧福武書店)は教育分野で日本をリードする東証一部上場企業だ。通信教育の「進研ゼミ」、語学教育の「ベルリッツ」をはじめとして、幼児教育の分野にも手を広げ、最近では介護ビジネスに進出している。現在ベネッセは「第三の創業」をスローガンに、新たな事業分野の開拓を進めているが、そのひとつの柱が中国市場への進出だ。少子化の時代を迎え、教育事業を柱とするベネッセにとって中国は魅力的な巨大市場なのだ。

 二〇〇三年七月、ベネッセ社長の森本昌義は、かつてソニー役員を務めていたころの部下だった韓研煕という在日韓国人から一人の男を紹介された。男の名前は久保和史。高橋治則や西義輝といった闇紳士たちと接点があり、自身も大蔵官僚のタニマチをしていた人物だ。肩書きは「株式会社オールジャパン顧問」となっており、同時に「モルガントラスト代表」とも名乗っていた。モルガントラスト・ジャパンは言わずと知れたぱちモルガンのフロント会社だ。

 七月三〇日、森本らベネッセの担当者と久保は、中村暢孝が代表取締役を務めるCERジャパンの事務所で顔を合わせた。森本が中国での事業展開を望んでいることを伝えると、久保たちは別の企業が北京の人民大会堂で政府高官を迎えて盛大に調印式を執り行っているビデオを森本らに見せ、自分たちの実績を見せつけた。交渉は成立し、CERジャパンは「ベネッセ中国教育事業基盤構築業務」のコンサルタントとなった。

 中国進出の準備は想像以上に順調に進み、早くもその年の九月には、北京の国創新経済研究所(馬建校社長)の子会社を中国に設立する運びとなった。形の上では国創の完全子会社だが、実際には設立までにベネッセが十億円を提供する。その後、順次株式をベネッセに移していくという計画だった。中国への直接投資に規制が多い現状では、こうしたある意味脱法的な手法もやむを得ないのだ。九月下旬には森本らが中国に渡り、調印式を行うことになっていた。

 契約を目前に控えたある日、森本ら幹部のところにベネッセ社員の一人が血相を変えてやってきた。巨大掲示板「2ちゃんねる」を見ていたところ、モルガントラストに関する重大な情報が出ていたというのだ。モルガントラストは実体のない会社らしい。それどころか……。

 すぐに緊急の会議が始まった。契約までもうわずかな時間しか残されていない。仲介者である久保の信用がなくなった以上、契約が取締役会で承認される可能性はないだろう。森本以下、計画を推進してきた社員の狼狽ぶりは想像するに余りある。結局、契約前日になって、森本は久保に契約を見合わせる意向を伝えた。

 きわどいところで深みにはまらずに済んだベネッセだったが、ぱちモルガンの詐欺師たちはすぐに反撃を開始した。契約が取りやめとなったことで、予定していた調印式が白紙になった。CERジャパンの信用は丸つぶれで、予定していた別の企業の進出もダメになった――ぱちモルガンはそう主張し、合わせて四億一七〇〇万円にのぼる損害賠償を求めて東京地裁に民事訴訟を起こしたのだ。

 詐欺師たちの意図ははっきりしている。契約解除に伴う違約金はともかく、四億円の賠償金が取れるとは最初から思っていないだろう。訴訟を起こすことでベネッセを牽制し、悪事の露見を遅らせるのが本当の狙いに違いない。ベネッセのこれまでの沈黙を見る限りこの狙いは当たったと言えるだろうが、訴訟を起こしたことによって詐欺師たちの手口がすべて私たちの知るところとなった。

 ベネッセはなぜ詐欺師につけ入られたのだろうか。今回の計画が持ち上がった二〇〇三年七月と言えば、森本昌義がベネッセの代表取締役社長兼最高執行責任者に就任した翌月に当たる。中国市場進出構想が社内で本格化する中、功をあせった森本が古巣のソニーにつてを求め、まんまと詐欺師の罠に足を踏み入れてしまったのではなかろうか。

 久保とCERジャパンは、日本企業の中国進出話、とくに中国でのマルチメディア出版権の譲渡話を使って、これまでに多くの企業や個人事業主から巨額の資金を集めている。被害に遭った企業の中には複数の大手広告代理店、一部上場の印刷会社など錚々たる大企業が含まれている。中国市場の発展を背景に日本企業の進出がブームとなっている裏では、名うての詐欺師たちが虎視眈々と獲物を狙っているのだ。

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