最新の日記 記事一覧 ログイン 無料ブログ開設

ラノ漫 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-10-21

なかよくプロレス

[]ライトノベルに望まれているのは「上手い絵師」ではなく「すごい絵師」である

まずはじめに。佐藤亜紀氏の小説「バルタザールの遍歴」の文章を引用します。少し長いですがご了承ください。

 

確かにお前はどんな役でもこなせるよ、経験さえ積めば、どんな役でも見事にこなせるさ。だがね、アンドレアス、舞台を攫うというのはそういう事じゃない。上手くこなすというだけじゃ駄目なんだ。

同じ客が何回でもやって来る。そいつらはウェルテルを見に来るんじゃない、ウェルテルをやってる役者を見に来るのさ。だからこそ大向こうから声が掛かる。お前にそんなことが起こるとは思えんね。

お前がウェルテルをやったら、それはウェルテルだ。ハムレットをやったら、そのままハムレットで、それ以外の何者でもない。上手いのは知ってる。だが、それだけじゃどうにもならんよ。

バルタザールの遍歴 (文春文庫)

バルタザールの遍歴 (文春文庫)


さて。「ウパ日記」id:iris6462さんから、ちょっと前に「「いとうのいぢ」氏の絵が「灼眼のシャナ」に似ていない。」のではないかという大胆な仮説をいただきました。今日のエントリはこれに対する返答です。


三浦健太郎」氏@「ベルセルク」や、

高田裕三」@「3×3EYES」や、

小畑健」@「デスノート」の方が、「灼眼のシャナ」に似ている。

というか、可愛い女の子をかけて、モンスターデザインが秀逸な作家なら、「灼眼のシャナ」の雰囲気を上手く出せそうだ。


錚々たる顔触れです。しかし「もし彼らがイラストを担当したら、今のシャナの部数を超えることができたか」と問われたら「それはない」と私は答えます。


id:iris6462さんは“紅世の徒”のデザインや戦闘シーンのイラストの迫力不足を理由に「雰囲気はあまり出せていないと思う」と言っています。この意見に対する私の答えは「ライトノベル作品の雰囲気は、作者の文章と絵師のイラストの組み合わせで作られることを忘れてはいけない」です。


高橋弥七郎先生は燃える話を熱い文章で書く人ですが、この特性をイラストが伸ばしても人気にはつながらなかったと思います。「灼眼のシャナ」が成功した理由は「作品の熱い部分は作者の文章力にまかせ、ヒロインの魅力をそれに対抗できるところまで押し上げるためにイラストを使った」点にあります。


上の御三方が描いたシャナは「上手いシャナ」かもしれませんが、その行き着く先は熱さと迫力で押し切る「燃えるアクションノベル」です。いとうのいぢさんが描くシャナは、上手さでは彼らにおとるかもしれませんが、燃えと萌えが絶妙なバランスで両立する「すごいシャナ」です。彼女の絵があってはじめてこの作品は「灼眼のシャナ」になったのです。


ここらで「原作の空気をマンガで再現することが大事なんじゃなかったのか」というツッコミが入りそうな気がするので予防線を張っておきますが、あの文章の題名は「原作ファンが支持するラノベマンガの作り方」です。「ライトノベルの上手な作り方」ではありません。ご注意ください。


でもまあせっかくなので、私の仕事にも上の話は適用できる、という話もしておこうと思います。


もう連載が始まっている、ある作品のマンガ化の話をいただいた時、私は最初にある作家さんを連想しました。

ヒャッコ 1巻 Flex Comix

ヒャッコ 1巻 Flex Comix

夕日ロマンス(Flex Comix)

夕日ロマンス(Flex Comix)

絵柄、表情、作品の空気、どれを見ても相性の良い、すばらしい作家さんだと思いました。しかし、結構、いや実のところかなり悩んだのですが、結局打診はしませんでした。その人ではあまりにハマリ役すぎて、かえって広がらない。外からは客が呼べない気がしたのです。


その後私は原作ファンの意表を突く、別の作家を連れてきました。自信はあったし話題にもなりましたが、ファンの前評判はあまりよくありませんでした。連載を開始するまではドキドキでしたが、スタート後は評価が改まったので安堵したのをおぼえています。


このように最近は「原作ファンが支持するラノベマンガの作り方」をさらに一歩進めて、原作に並ぶ、あわよくば原作を超える作品を作ろうと試みています。そのためにはやはり「上手い俳優」ではだめです。


原作の殻を破り、客を呼ぶ力のある「すごい俳優」。そんな人を常に連れて来れる編集者になりたいものです。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/m_tamasaka/20071021/1192909429