2007-09-29
■[編集]奥付に載らない仕事・マンガ編集者の世界
多摩坂です。「blog見てますよ」と言われると、自分の性癖を見られているようでとても恥ずかしいので、友人知人や作家の人は見ちゃダメです。
さて。みなさまは「沢考史」氏をごぞんじでしょうか? たぶんほとんどの人は聞いたことのない名前だと思います。
沢氏は週刊少年チャンピオンで「グラップラー刃牙」「覚悟のススメ」を立ち上げ、ヤングチャンピオンで「エイリアン9」を立ち上げ、チャンピオンREDで「シグルイ」を立ち上げて、現在は週刊少年チャンピオンの編集長をなさっている方です。作家から来た仕事のメールに「ぶちゅ。ぶちゅ。レロレロ〜。早く早く〜」と返信したりするおちゃめさんでもあります。
こんなに優秀かつ愉快な人物がなぜ無名に近いかというと、マンガ(に限りませんが)編集者の名前は基本的に表に出ることがないからです。マンガの単行本には著者名や発行人名は載りますが、担当編集者の名前は基本載りません。たとえ載ったとしても、担当編集者名は書誌事項(本を探すための情報)として登録されることはないのです。
そういう仕事があるのはみんな知っているけれども、どんな人が何をしているのかはあまり知られていないマンガ編集者。今回はその仕事の内容についてご紹介します。
一番大切な仕事です。作品の成否はこの時点でおおむね決まると言ってよく、編集者のセンスが問われるところです。
作家という仕事はストレスが溜まります。加えて作家さんは常識や社会性といったものが不足しておられる場合が多く、体や心や人間関係といったものを崩しがちです。原稿に支障をきたさないように、これらを管理・調整するのも編集者の仕事です。愚痴を聞くのも仕事。差し入れに行くのも仕事です。
ここはよくかんちがいされるところですが、作品は作家一人で作るものではありません。各話のプロットやネームはもちろん、企画そのものからキャラ作り、アイデア出し、ことによると絵柄や作風といった作家の根幹にかかわるところまで関与して、作品を作っていきます。
参考2:「夏目房之介の「で?」マンガ編集者論・補足 かわぐちかいじ編」
○作品をしっかりと売る
出版は文化事業の側面もありますが、企業活動である以上は利益をあげなければなりません。売れる企画、売れる作品に仕上げるのはもちろん、販促活動や興味を引くパッケージングなど、取り組むべき仕事がたくさんあります。
参考3:「実物日記」さんの「ティアズマガジンvol.77 白泉社 飯田孝メロディ編集長インタビュー」の引用記事
編集者の仕事としては一般的にもっともよく知られる部分です。作家と印刷所の間に立って関係を調整する、かなり胃の痛い仕事です。
○事務仕事、雑用
担当作品に関係する書類を作ったり、記事を書いたり、会議に出たり、イベントに駆り出されたりと、ばかにならない量の雑用が日常的にあります。
ほかにも細かな仕事はいろいろありますが、大きく分けると以上のような仕事をマンガ編集者はやっています。マンガは作家だけが作っているのではないことをご理解いただけますと幸いです。
現在、小学館とエンターブレインの発行するマンガ単行本の奥付には、担当編集者の名前が記載されるようになっています。これが一般化して編集者の名前が見えるようになれば「あの人が立ち上げた作品なら、ちょっと読んでみようか」という流れも出てくるかと思うのですが、今のところはそのような兆しはありません。
2007-09-28
■[編集]マンガ雑誌の落日(3)少子化・難解化・子ども向けマンガの減少は、マンガ衰退の原因か?
多摩坂です。「オススメ漫画“一作品”だけ挙げれ」と言われたら、杉元伶一・加藤伸吉の「国民クイズ」を挙げます。
さて。現在発売中のサイゾー10月号がマンガの特集をしております。
- 出版社/メーカー: インフォバーン
- 発売日: 2007/09/18
- メディア: 雑誌
個人的にはこの記事の中で使われている「コミックスとマンガ誌の推定販売金額の推移」のグラフと吉田豪氏のマンガ家本解説、あとは田中圭一さんの手塚タッチの解説マンガあたりは面白かったのですが、マンガ市場縮小の原因についての分析記事がちょっとどうかなと思うものだったので、今日はこれについて書いてみます。
「10年連続でマイナス成長!! お先真っ暗!? なマンガ産業研究」と題した記事では、マンガ衰退の原因を「少子化」「マンガの難易度の上昇」「低年齢層に向けた作品の減少」の3点に求めています。
要約すると「ただでさえ子どもが減ってきている上に、マンガが子どもたちがついていけないほど難解化し、子どもが楽しんで読めるマンガを描く人もほとんどいなくなってしまったので、下の世代の新規読者の獲得ができていない。これがマンガ業界低迷の最大の要因だ」ということらしいです。
真っ先におかしいと思う点としては「新規読者の獲得ができていないことは、売り上げが増えない原因を説明はできても、売り上げが大きく落ちる原因を説明はできない」ということです。10年間で1000億円のマイナスという、市場規模の急激な縮小を説明したいのならば、新規読者ではなく既存読者が離れたことに原因を求めなければ説明がつきません。
マンガが難しくなって子ども向けの作品が減っているというのは、本来小中学生をメインターゲットとしている少年誌、特に三大週刊誌についてはそのとおりかもしれません。今の三大週刊誌は、マンガの文法を知らない子どもや外国人にいきなり読ませても、読み方がわからないということが起こりうると思います。
しかしながら、この言説には少年誌より下の児童誌、今なお100万部の部数を誇るコロコロコミックや、プレコミックブンブンといった雑誌に対する視点が欠けていると思います。児童誌はマンガをはじめて読む読者のことを想定した、各話で独立して読むことができる、単純明快な作品で構成されており、難しいとかわからないといったことはないはずです。問題は「マンガが難しい」ことではなく「入口にうまく誘導できていない」ことにあるのではないでしょうか。
さて。サイゾー批判はこれくらいにしまして、ここからは若人をマンガ(雑誌)に取り込む手法・手順について考えたいと思います。
まず大切なのは、幼少期に子ども本人ではなく、親の側に児童誌を買い与えるきっかけを作ってやることではないかと思います。まずここをクリアしないと、幼少期の刷り込みとしてのマンガ体験や、マンガを読む下地といった基礎が作れません。
ここを達成でき、子どもが次号も読みたいという雑誌が作れているならば、以降は子どもがねだる、あるいはおこづかいで買うという「マンガ誌を定期購読する」「日常的にマンガを読む」という習慣を根付かせることができます。
習慣が根付いたところで他の週刊誌や月刊誌にステップアップ。ここで大切なのは、面白さよりもむしろ移行する雑誌がより「大人っぽい」「かっこいい」ことではないかと思います。この点については現行の雑誌は問題なくクリアできていると思うので、たぶん心配はいりません。
習慣とは根強いものですので、ここまで誘導することができれば当分の間は惰性で雑誌を定期購読してくれるようになります。財政的な事情、あるいは前々回の記事のような心境の変化で定期購読をストップしたとしても、ここまで出来上がっていればその時々の気になった作品を単行本で買ってくれるようになっているでしょう。
若人を取り込むためには、なにはなくともまずは入口の充実を。そこからすべてが始まると考える次第です。
2007-09-27
■[お仕事]コミック版「狼と香辛料」連載開始&ガオ11月号
今日は仕事の連絡が2点あります。まず1点目。本日発売の電撃「マ)王11月号から、私が担当します、小梅けいとさん作画の「狼と香辛料」の連載が始まりました。
- 出版社/メーカー: 角川 (メディアワークス)
- 発売日: 2007/09/27
- メディア: 雑誌
で、のっけからなんなんですが、初回からミスをやらかしてしまったのでご報告いたします。扉ページの原作・作画・キャラクターデザインの表記なのですが、校了時の指定ミスで原作の支倉凍砂先生の名前が抜けてしまっています。支倉先生と読者の皆様には心よりお詫び申し上げます。
肝心のマンガの方ですが、担当としては結構自信を持っています。私自身も原作のファンですので、ファンの目から見て、この作品は改編を加えず、極力省略もせず、原作に忠実に丹念にマンガ化すべきであると判断し、その通りにマンガにしてもらいました。原作の空気の再現のため、小梅さんには絵柄から仕上げの加工に至るまで、普段とは変えてもらっています。
小梅さんをして「どっちがマ王でどっちがアフタヌーンだかわからない。普通逆じゃないか」と言わしめた「狼と香辛料」。ぜひ一度ご覧ください。
2点目。本日はもう1件「月刊電撃コミックガオ!」の11月号が発売になりました。
- 出版社/メーカー: 角川 (メディアワークス)
- 発売日: 2007/09/27
- メディア: 雑誌
こちらの方では吟遊詩人さん作画の「バッカーノ! 1931」と、水島空彦さん作画の「ななついろ★ドロップス Pure!!」を担当しております。2人ともまだまだ発展途上ですが、温かい目で見てやっていただけますと幸いです。
■[編集]雑誌の空気を気にしすぎると、マンガそのものが空気化しちゃうんじゃないか仮説
今日は宣伝ばかりでアレだなーと思うのですが、本日あずまきよひこさんの「よつばと!」7巻が発売になりました。
いまさら何かを言う必要がないほどにすばらしいマンガですが、この作品は内容以外のユニークな点として、「電撃大王の看板作品であるにもかかわらず、まったく電撃大王らしくない」という特徴があります。
「よつばと!」は主人公が女の子で、しかも幼女です。そういう意味においては非常に電撃大王らしいと言えますが、その一方でよつばは電撃大王が求める意味においての「かわいい」女の子ではないですし、萌えたり劣情をもよおしたりさせられる造形もしていません。
またお隣さんをはじめ、他の女性キャラもそこそこ人数がいますが、だからといってその子たちが電撃大王が求める方向のサービスシーンを見せてくれるわけでもありません。にもかかわらずこの作品は、電撃大王読者から別格に近い支持を集めています。私はこれを非常に面白く思っています。
私が新しい作家(注:原作物ではなく、オリジナルを描かせる作家)を担当することになると、作家さんたちはまず一様に「雑誌の空気」に対する不安を口にします。主人公は女の子にしなければいけないのか。女性キャラは最低何人くらい登場させる必要があるのか。毎回サービスカットを入れなければいけないのか。などなど。メディアワークスがどういう風に見られているか実によくわかる不安がりかたですが、この質問に対して私は最近は次のように答えるようにしています。
「よつばと!」は電撃大王らしいか? 「エマ」はビームらしいか? 「DEATH NOTE」はジャンプらしい作品だったか? 「ああっ女神さまっ」は? 「クレヨンしんちゃん」は? 「ドージンワーク」は? 空気なんてものは他の誰かがかってに読んで作ってくれるものであって、我々が気にすることではない。空気を読むのにかけられる時間があるなら、より良いネームを作るのに回しなさい。
個人的な意見ですが、マンガは雑誌の空気を気にしすぎると、それそのものが空気のような薄いものになってしまい、意味がないのではないかと思っています。ジャンプらしいといえば「バトルでトーナメントでパワーのインフレで努力友情勝利」、電撃大王らしいといえば「なにか女の子がいっぱい出てきてドタバタして、パンツやらハダカやらが見える」でしょう? そんなの今更見たいですか? 私がやらなくても他の誰かがやるんだから、やらせとけばいいじゃないですか。
そんなことに気を使う暇があるなら、もっと有意義なことに使うべきじゃないかと私は思います。雑誌の空気をぜんぜん読まない作品がヒットして、それが看板になったとしたら、そっちの方がよっぽど面白いじゃないですか。
2007-09-26
■[編集]マンガ雑誌の落日(2)ほしいものしかほしくない時代
今日は一日メールと電話を使って自宅作業をしておりました。日記を書こうとするたびに、編集部か作家から電話がかかってきて非常にアレです。
さて。糸井重里さんが西武百貨店用に作ったキャッチコピーに「ほしいものが、ほしいわ。」というのがあります。これは「ほしいものが何であるかは本人にもわからないけど、とにかくほしい」という1988年当時の消費者の欲求を表現した名コピーです。
バブルがはじけ20年が経った今、私は再びこのコピーを使って、現代の消費のスタイルについて語ってみたいと思います。我々も「ほしいものが、ほしい」。これは間違いない。ただ20年前と違うのは、多くの人が「ほしいものしか、ほしくない」。そして「ほしくないものは、いらない」と思っているということです。
突然ですが、2007年現在の通勤通学や学校の教室、職場の風景を思い浮かべてみてください。その風景の中に、マンガ雑誌はあるでしょうか? ないことはないと思います。でも、おそらくは風景の中心にはないでしょう。その風景の中で、その人たちはかわりに何を携帯しているでしょうか? 彼らは、あるいは彼女らは、マンガ雑誌のかわりに携帯電話やiPod、携帯ゲーム機を手にしているのではないでしょうか。
上にあげた機器たちは、かつてマンガ雑誌が読まれていた場所、そして読まれていたシチュエーションの多くからマンガ雑誌を駆逐しました。中でも携帯電話の影響は大きく、携帯電話の普及は電車の中の光景を一変させました。電車内のシェア競争に、マンガ雑誌は完敗したのです。なぜ敗れたのか。それはマンガ雑誌の需要を支えてきた、マンガ雑誌が持つ特質に原因が求められます。
かつてマンガ雑誌が大いに読まれた原因は、大きく分けて3つあります。その3つとは「コストパフォーマンスの良さ」「週刊という刊行ペースの速さ」「販売店の多さ」です。それぞれについて見ていきましょう。
「コストパフォーマンスの良さ」:1つの作品しか読めない単行本や小説に対して、マンガ雑誌はそれらと同じか、より安い価格で20前後のマンガ作品を読むことができる。
「刊行ペースの速さ」:テレビと同じ、週に一度という速いペースで刊行することで、学校や職場に毎週話題を提供でき、コミュニケーションの中核を占めることができる。
「販売店の多さ」:ちょっとした空き時間をつぶしたいと思った時に、安価でどこにでも売っている。
以上の3点がマンガ雑誌の武器です。これに対して携帯電話の方はどうでしょうか。比較してみましょう。
「コストパフォーマンスの良さ」:話したい人とだけ話せて、見たいものだけが見れる。財布からお金を出して買う必要がない(感覚的には無料)。かさばらない。
「刊行ペースの速さ」:その時その場の最新の情報、最新の話題、最新の会話を扱うことができる。
「販売店の多さ」:携帯しているので買う必要がない。
以上のようになります。携帯電話は面白さにおいてマンガ雑誌に劣るかもしれませんが、その分余計なものが載っておらず、見たいものだけを見れ、お金を出して買いに行く必要がなく、かさばりません。実に21世紀らしい、洗練されたツールであると言えます。
かつてマンガが読まれていた場所やシチュエーションに、新しい娯楽が次々と侵攻してきています。現在我々をとりまいている娯楽の種類は非常に多く、面白いと言われているものだけを網羅しても24時間では足りません。
マンガ単行本は今のところ、新興の娯楽に負けていません。マンガの無類の面白さは、単行本の売り上げが落ちていないことが証明しています。では、なぜマンガ雑誌は売れなくなっているのでしょうか。読者は自分が好きなマンガだけが読みたくて、興味のない押しつけのマンガをついでに読まされるくらいなら、別の遊びにお金と時間と手間を使いたい。このように思っているのではないでしょうか。
かつて「こんなに安くて、こんなにいっぱいマンガが読めてお得」だったマンガ雑誌は、「読みたいものは少ししかないのに、お金を出して買いに行かなければならないし、その上かさばる」というふうに見られるものになってしまいました。現在の、群雄ひしめく過酷な娯楽業界において、余分な「ほしくないもの」まで載っているマンガ雑誌は、その余分ゆえに淘汰されようとしているのかもしれません。