「ぼくはできません」。運動会のリレー選手に選ばれて断る子などいるのだろうか? 4年前、東京都杉並区の小学校で6年生を担任していたベテランの男性教諭は驚いた。
男児は成績優秀、運動能力も抜群で、クラスのリーダー的存在だった。2週間かけ説得したが、私立の進学校を目指しており、朝の練習が負担だという。次のタイムの子にも次々断られ、本番まで冷や汗の連続だった。
翌年も6年生を担任した。別の学級では、成績上位の複数の男児が教師を困らせていた。消火器を道路にぶちまける。1年生相手に鉄の棒を振り回す。最後はみな、有名私立中に入学していった。
受験組は塾で成績順に座らされる。杉並区では小3から中3まで毎年、区の学力テストがある。小4と中1は都の、小6と中3は国の学力テストもある。
「ゆがんだ競争で成績のいい子が荒れ始めている」と男性教諭。疲れきって他校に転任した教員もいた。「情熱を持った先生がつぶれていく」。男性教諭は唇をかんだ。
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教育特区として、5年前から小中一貫英語教育を始めた金沢市。
「うちは5割を超え、平均より上でした」。ある市立中学校の職員会議で、校長が3年生の英検3級取得率を報告すると、ほっとした空気が流れた。金沢では小3から英語を「教科」として教え、成績もつける。小6で中1の教科書を学び、中3の英検3級取得率は42・8%と全国平均の2倍以上だ。
市教委は独自に英語の副読本を作り、どこまで進んだか、副読本で何時間勉強したか--などについて、各校に報告を命じている。
「足りないと何か言われると思い、時間数を水増ししたこともある。管理が強まるほど、気持ちがすさむ」。英語の男性教諭はため息をつく。
ビートルズの歌を聞かせ、歌詞の意味を考える。英語を楽しめるそんな授業を実践してきたつもりだが、最近は「授業の進め方をがっちり固められ、ためらってしまう」。小学校で既に英語コンプレックスを持ち、授業についていけない子をどうすべきか、日々悩む。
金沢市は04年度から2学期制にして行事を減らし、国が定めた標準より30~90時間多い授業数を確保。独自の指導基準「金沢スタンダード」を作り、小5で台形の面積の求め方を習うなど、国の標準より多くの項目を学ぶよう義務づけてきた。
反発する教師もいる。
「スタンダードで教える項目を朱書きしてください」。授業計画である「週案」に、金沢独自の取り組みを赤ペンで書き込めという市教委の指示を、ある50代教諭は無視している。「自主性を奪っている。教師は『これさえやれば文句をいわれない』と、一人一人に合わせた指導を考えなくなる」と批判する。
金沢市教委はいう。「先生にはきついと思う。100%受け入れてもらえたわけではないが、学校が自立する過程の最中で、努力してもらいたい」
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学校では今、全国学力テストをはじめとする競争や、数値目標による教師や学校の管理が進む。現場に先生を訪ねた。=つづく
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毎日新聞 2009年4月14日 東京朝刊
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