2009年4月17日9時53分
指導医(左)とともに新生児の退院前診察をする劉川さん=盛岡市、香取写す
台湾から来た林国城さん(左)と、スカウトした公立長生病院の高中洋・事務部長(当時)=3月、千葉県茂原市、五十川写す
岩手医大(盛岡市)の産婦人科。劉川(リウ・チョワン)医師(35)が、生後6日、体重3160グラムの男児の足の裏をなでる。男の子はくすぐったそうにして足の指を開いた。新生児の反射に異常がないことを確かめた劉さんは、「きょうから、おうちに帰れるよ」と日本語で言って、退院の手続きを取った。
劉さんは中国・瀋陽市の中国医科大で13年の臨床経験を持つ産婦人科医だ。岩手県と岩手医大の要請で、昨年9月に来日した。中国にもうすぐ小学生になる息子がいるが、「最新設備がある日本に行くのは勉強のチャンス」と1年間の単身赴任を決意した。
岩手県は1平方キロあたりの医師数が北海道に次いで少なく、医師不足が深刻だ。苦肉の策として考え出したのが国の臨床修練制度を使った中国人医師の受け入れだった。
日本の医師免許がなければ医療行為をできないが、一定の語学力と臨床経験のある外国人医師は、最長2年間、指導医のもとで処方箋(せん)の交付以外の医療行為ができる。05年、交流のある中国医科大から産婦人科医2人と小児科医1人を派遣してもらう協定を結んだ。劉さんは2人目だ。
指導医のもとでメスを握ることもある。帝王切開や腫瘍(しゅよう)摘出手術も20件ほど行った。指導医の西郡秀和さん(40)は「経験も長く即戦力だ。やれることに制限があるが、実際は我々と同等かそれ以上の技術を持っている」と評価する。劉さんが主に病棟を受け持つことで、日本人医師が外来患者をより多く診ることが可能になったという。
とはいえ、臨床修練制度はまだ広がっているとはいえない。制度が知られていないうえ、十分に日本語能力がある外国人医師も少ない。指導医にも語学力が要求されるほか、受け入れ病院は、医療事故時の賠償のための保険に加入が求められるなど手続きのハードルも多い。
厚生労働省医事課は「医師確保を目的にするのは、(外国の医師に教えるという)臨床修練制度の趣旨に反する」と原則を強調するが、「地域の事情があり、すぐに禁止するものではない」と柔軟な考えも示す。
後に続こうとするのが新潟県だ。09年度に240万円の予算を組んだ。羽入利昭・県医務薬事課長は「すでに技術を持っている外国人医師は即効性がある。日本に留学経験のある中国人医師は有力な選択肢の一つだ」と話す。
中国人医師には企業も注目している。医師の人材紹介会社「リンクスタッフ」は06年、臨床修練制度を使った中国人医師の派遣業を始めた。160人が登録する。現在、消化器の外科医1人が福島県の病院で働き、4人が厚労省の許可を待つ。杉多保昭社長は「地方を中心に約20の医療機関から問い合わせがある」と話す。
外国人医師を招く際、頼りになるのは日本への留学経験者だ。
千葉県茂原市の公立長生病院では05年春、常勤医師2人が辞め、産婦人科が休診に追い込まれた。後継者探しは難航し、医療関係の人材情報会社を通じてようやく見つけたのが台湾出身の林国城(リン・クオチョン)医師(60)。06年7月に産婦人科の主任部長に就任した。
林さんはかつて関西の大学に留学し、日本の医師免許を得た。体外受精を研究して、台湾に戻り、1700床を持つ病院で産婦人科の部長を務めていた。3380例の出産に立ち会っている。
長い間住んだ日本の環境や人情味が気に入っていた。長女が鹿児島大医学部で学んでいたこともあり、日本行きの機会を探していた。
産婦人科医は林さん1人のため、診療は婦人科のみで産科はなお休診中。だが、来日当時は1日3人ほどだった外来患者が約20人に増えている。
「私は外国人だが、患者さんたちが医師として尊敬してくれる。長くいてほしいという方もいる。やりがいがあります」。永住権をとりたいと思っている。
日本国内には、中国の医師免許をもつ人が大勢いる。だが日本の免許がないと、医療行為はできない。日本の免許をとるには、多くの場合、合格率約1割の予備試験に通り、1年以上の実地研修をした上で国家試験に合格しなければならない。
上海第二医科大の胸部外科医だった銭勇(チエン・ヨン)さん(46)は94年、島根県の病院で1年間研修した。東京女子医大でも臨床研究を行い、博士号を取った。肺がんだけで200例以上の手術をした。だが、日本の国家試験を受けるのはあきらめ、日本の製薬会社に就職した。「子どもも生まれたばかりで、生活に余裕がなかった。もったいないと思ったが、仕方がない」
銭さんは、中国人医師が日本で働けないかと、07年にNPO法人「在日中国人医師協会」を設立した。会員は約90人。東京マラソンの医療ボランティアや元残留孤児の医療通訳などをしてきた。「本当は医師になりたいけど、仕方なく違うことをしている人は多い。自分たちの能力を生かしたい」と語る。外国人医師活用の広がりに期待する。(香取啓介、五十川倫義)